11.
まさかの知り合いの登場に思わず名前を呼んでしまったが、どうやら彼の名前を口にする前に俺の正体に気付いていたらしい。
夜会に参加するからか、柔らかいブラウンの髪は整えられていて、だが、吊りがちの大きな猫目はやはり悪戯っぽい。
隠そうともせずに好奇心を滲ませた眼差しが、俺を上から下まで眺めた。
そして、耐えきれいとでも言いたげな表情で、若干の笑いを噛み殺しながら、
「先輩、女装似合いますね」
「……お前まで言うか」
はぁ、と溜め息が出た。
知り合い、特に後輩に見つかってしまったのは恥ずかしい。だが、いい加減周りの視線から逃げ出したくて、テラスを一瞥すればキーツは黙って移動してくれた。
背中に当てられた手は慣れないが、不自然に見えないなら今はそれでいい。
スカーレットの厚いカーテンをくぐり、視線から逃げ出すことができれば、意図せずに息を吐いて軽く肩を回した。
「淑やかなレディがそんな…、ダメですよ」
「お前は任務中に酒を飲むな」
キーツの手にはいつの間にか二つのシャンパングラスを持っていて、長いグラスの中で澄んだゴールドの細かい泡が弾けた。
夜風に混じったアルコールの匂い。俺の言葉をものともせず、キーツはまるで共犯に仕立て上げるかのようにグラスを一つ差し出した。少し強引に俺に握らせる。
握ると、ゴクッと喉を鳴らす音がした。
「…だから任務中に、」
「いいじゃないですか、息抜きしたって」
「もし戦闘になったら、」
「俺は先輩ほど真面目な軍人じゃありません。それに、屋敷で雇われてる護衛なんて酔ってても倒せる自信がありますから」
確かにキーツは腕が立つ。
こいつが酒を飲んでいるところは初めて見るが、酔っててもだなんて言う割にはなかなか強そうな雰囲気だった。
「まぁ、もうお前の上官でも先輩でもないから俺に口出しする権利はないか」
諦めてシャンパンを一口飲んだ。
寂しいことを言っている自覚はあるのに、口の中で弾けた芳醇な泡も喉を通った高い酒も思いの外爽やかな味だった。
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