二つの道
リドに消されてしまった口紅を塗り直して、最後のチェックをして、夜会の開始時間が近付いていることを告げる見事な黄昏の空に、俺とリドは馬車に乗った。
控えめな、だが、上品に細工が施された上等な馬車は一見すると本当に夜会に招待される貴族の持ち物のようだ。
どこの馬車かリドに聞くと、知り合いから借りてきたという。どうやらこいつの人脈は俺が思っているよりもずっと広いらしい。
だが、それを問い詰めることも、ましてや摘発することも、もはや海軍じゃないんだから俺の仕事にはならない。
そして、高らかな馬の蹄の音を聞きながら馬車に揺られて屋敷に向かった。
細やかな装飾が施された馬車を引く四頭のたくましい馬は揃って純白で、日が暮れそうな空の下で光を集めて輝く。
手綱を握っている従者はシルヴィアだ。
眩しいほど純白に輝く馬よりも、夕日に照らされた美しい町並みよりも、俺の隣に座るその人の方に目を奪われていた。
「…んだよ、じろじろ見やがって」
「いや、別に…」
格好いいだなんて、とても言えない。
きっちりと着こなされたタキシードも、清潔な白手袋も、真っ赤な夕日を受けながらも本来の鮮やかさを失わないエメラルドの目も、俺を緊張させるんだ。
しかも、その目が俺に向けられて、意図せずに胸が高鳴っては顔が熱くなる。
(早く屋敷に着いてくれ)
二人っきりの空間で、肩が触れ合うほど近くに座っていて、
(あぁ、もう、耐えられないッ!)
唇同士で触れ合ったことも、肌を重ねたことさえあるのに、リドが傍にいるだけでどうしようもなく取り乱してしまう。
再会してから短い時間しか経っていないのに、心の底から惚れきっている事実を既に何度も何度も思い知らされた。
早く屋敷に着いてほしい。
こんな空間は耐えられない。
屋敷になんて着いてほしくない。
…ずっとこうやって二人でいたい。
「どうした?熱でもあんのか?顔が赤いぞ。さっきからぼうってしてるし、」
「お前ってたまに鈍いよな」
「ん?悪ぃ、聞こえなかった」
「…いや、なんでもない。夕日に照らされて赤く見えてるだけだろ」
好きだよ、リド。
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