5.
カツ、よく磨かれた靴が踏み出す。
白い手袋をした手が握る細身のステッキ。
今俺の前にいるのは荒野を駆け回るあの見慣れた黒豹ではなく、どこまでも高貴で凛とした佇まいの美しい貴族だった。
高貴な生まれだと言われても信じてしまう。だが、俺は普段のリドを知っているからこそ、この男がそんな生ぬるい世界に身を浸らせているはずがないと分かった。
なのに、油断していたんだ。
あまりにも綺麗で、魅力的だったから。
目の前に立たれてもまだぼんやりとしてしまって、気が付いた頃には程よく筋肉がついた逞しい腕が腰に回されていた。
グッと強く引き寄せられて、バランスの取りにくい靴だからよろめいて、そのままリドの胸に飛び込んでしまった。俺を抱きとめて、鮮やかな緑が機嫌良く微笑む。
「アクアリアがいるのかと思った。…いや、アクアリアも嫉妬しちまうぞ」
「っ、」
海の女神、アクアリア。
女装のことで文句を言おうとしたのに、こうも褒められると何も言えなくなる。
しかも、あまりにも真剣に褒めてくるものだから顔が熱くなって、逃げるように顔を逸らせばクッと喉の奥で笑う音がした。
「誰にも見せたくねぇな」
「やめろ、リ、んっ!」
ふぅ、と耳に息が吹きかけられた。
顔を逸らしたことによって俺の耳はリドの目の前にあって、遠慮することもなく耳たぶを啄んだり、甘噛みしてくる。
ちゅ、ちゅ、と短く甘い音が何度も続いて、気を抜いた頃に熱い吐息が鼓膜を揺らす。
擽ったいのに、その腕は離してくれない。離さない、誰にも渡さない、と言うかのような腕に安心感を抱いてしまったのも確かで、つい自分からリドの背に腕を回した。
「こんなに綺麗なサファイアがあるんだったら、ダイヤなんてどうでもよくなる」
「リド、耳…ふ、ぅ」
「ダイヤなんて諦めて俺の傍にいねぇか?」
「ちょ、待っ、」
だなんて聞いてきたのはリドなのに答えを返すよりも早く、というより言葉を奪うようにして唇を塞がれてしまった。
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