5.
音楽を聞き逃さないように耳を澄ませる。
耳を澄ませているからこそ、リドの呼吸の音までよく聞こえてしまう。
軽やかに踏まれるステップと、優しくリードしてくれる手。ふと見上げれば目が合って、どちらからともなく微笑んだ。
すぐ傍を流れる水路のせせらぎ。穏やかに揺れる水面は涼しげな水音を立てながら、淡い街の明かりを映していた。
晴れ渡った夜空には無数の星が瞬いていて、今にも落ちてきそうだ。
そして、リドが俺の後ろに回ってくる。それは決められた動きだったが、油断していると隙を突いて首筋を軽く啄まれた。ちゅ、と痕も残さないほどの軽い音。
「おい、それはダンスにないだろ」
この場だけ世界から切り取ったような、二人っきりの特別な空間だった。
そして、リドさえいれば他には何もいらない、と反射的に思ってしまった自分に、俺自身が一番驚いてしまった。
…リドをここまで深く愛してるんだ。
「首を晒す方が悪ぃんだろ」
「なんて言い分だ。理不尽すぎる!」
「黒豹に噛まれても自己責任だよ」
「もう黒猫のくせに」
「はぁあ!?てめぇ、」
少し怒ったように、それでいてじゃれつくように今度は犬歯を立てて首筋を噛まれた。
硬いものが一瞬触れた感触はあったが、強く噛み付かれなかったし痕も残さなかったから、まだまだ本気じゃない。
「ちょ、やめ、…くすぐった、」
逃げると追いかけてきて。
笑うと微笑み返してくれる。
ここまで心穏やかにいられる時間を、幸せな時間を過ごしたのは久しぶりだった。
まだ踊って少ししかしていないのにステップは滅茶苦茶で、音楽が聞こえなくなるほど声に出して思いっきり笑った。
「やめろって!…はは、リドっ、」
そうすれば、ポカン、とされた。
徹底的に動きを止めてしまって、なのに、目は俺に釘付けになっている。
「お前、笑うとすげぇ綺麗だな」
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