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F

「そう言えば、妹から文を預かってきた」

「私に、か?」

「もちろん貴公宛だ」

「…何故?」

「恋文、とやらだ。貴公に縁を結ぶつもりは無いと分かったが、せめて読め」

 懐を探った後、李陽舜が取り出したのは綺麗に畳まれた一枚の薄紙だった。白い紙。裏まで滲み黒々とした墨が見えた。

 渡されたのを渋々受けとる。

 読みたくない、他人からの恋文だなんて。この文があいつからだったら、嬉しいことこの上ないのに…。

 けれど、俺のそんな考えも、薄紙を広げるまでだった。眼を見開いた。

 少し細めの筆跡は流麗という言葉がよく似合っており、本当に美しい。けれど、俺が驚いたのはその美しさではなかった。

 これは李凰の字だ、絶対に。

 李凰の筆跡を見間違えるわけがない。

「これはッ!どういう!?」

「いいからまずは読め」

 仕方無く、紙に視線を戻した。

迎 想 故 白
春 月 人 雪
万 千 知 積
花 夜 音 身
莫 流 不 不
紅 血 知 積
深 涙 心 琴

 白雪は身に積もっても、琴には積もっていない。――――身に雪が積るほど君を待っていたけれど、雪が積る時間も無いほど頻繁に楽器を奏でていたよ。

 旧くからの友人は僕の音を評価し理解してくれるけれど、僕の心までは知らない。

「“心”…?」

 月を思う千夜の間、血のような涙を流していた。――――どうか、どうか君が戦場から無事に戻ってきますように。

 春を迎える万の花も、僕の涙より赤いものは無いんだよ。――――花の赤が霞むほど、君の無事を願っているから。

「………ッ」

 何も、言えなかった。

「紀将軍、すまない。もう分かっていると思うが、私に妹はいない。弟だ」

 …あぁ、分かってしまったよ。

 偶然だと思っていた姓の一致は偶然などではなくて、この男、李陽舜の妹、いや、弟は李凰なのだ。俺の幼馴染みの。

 何のために妹と言ったのか、何のために縁談を提起されたのかは分からないが。

「此度の戦の相手が貴公だと言えば、弟が珍しく狼狽えていた。弟が、…凰が貴公に想いを寄せているとすぐに察したよ」

 無言で、李陽舜を見詰めた。

「凰は滅多に我が儘を言わなくてなぁ…、これは兄貴が一肌脱がなくてはと」

 ふ、と奴は微笑みを浮かべた。

「妹と嘘をついたのは悪いと思っている。その方が貴公は頷きやすいと思ったが」

「すぐにバレるだろう」

「だとしても、既成事実を作ってしまえばこちらの勝ちさ。男同士でも、な」

 悪戯っぽく口角を吊り上げた眼前の男は、それはそれは不敵な、勝ち誇った、勝利を確信した表情で、まるで王手を決めるように堂々と言い放った。

「さて、もう一度問おう、紀越殿」

 一拍、一呼吸。

 何を言われるかだなんて完全に予想がついているのに、俺は緊張で身を固くしていた。握り締めた手のひらが、湿る。

 そして、鼓膜を緩やかに震わせた内容は、面白いほど予想通りだった。

「弟、李凰と添いとげる気はないか?」
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