B
「私ね、片想いしてるんですよ」
ぽつりと独白を口にした日坂の顔は、懐かしそうで切なさそうで、俺は不本意にも面白くなくて眼を逸らした。
二度目だ。面白くないと思うのは。だが、そんな感情を認めたくなくて、上質な皮張りのソファーの背凭れを眺めた。
「ですが、勇気を振り絞って告白する前に玉砕しました、…ついさっき」
「ふーん。お前をフるなんて、よっぽとイイオンナなんだな…ッ、」
自分で言って、苦しくなった。
「えぇ、とても魅力的な方ですよ」
ズキリ、心臓が軋んで、痛い。
「初めて会ったのは…、そうですねぇ、中学の頃でした。十三年前」
そんな前から片想いしてんのかよ。
瞼をぎゅっと強く閉じる。だが、遮断された視覚の代わりに聴覚が鮮明になった。日坂の柔らかい声が、よく聞こえる。
やめろ、黙れ、聞きたくない。
お前の心を奪った奴の話なんて。
その考えに、俺が一番驚いた。
日坂の片想いなんて俺には関係ない。弱味を握るいいチャンスじゃないか。
なのに、どうして、俺は、こんなにも、
「自由奔放で、明るくて、チャラチャラと締まりがないと思えば、時に背筋が震えるほどのカリスマ性とリーダーシップを見せる…。遠くから憧れるばかりでした」
…――――泣きたくなるんだ。
鼻の奥がツンと痛くなる。
目頭が熱くなって、何年も流していなかった涙がじわりと滲み出した。
痛いくらいの感情は悔しさ、…嫉妬に似ていた。いや、嫉妬そのものだったんだ。何に対して、なんて分かりきった答え。
その対象を理解して初めて、俺は胸を掻き乱す感情の理由を知った。
「私は、その方に恋をしていました」
俺は、お前に恋をしていたんだよ。
「言外にフられてしまいました」
あぁ、俺も失恋したよ、たった今な。
「ですが、諦めようとは思いません」
俺は諦めそうだけど。
「なので、また口説こうと思います」
…振り向いてくれると、いいな。
脳裏をよぎった素直な言葉はたったの一つも音に出来なくて、結局、日坂が喋っている間、俺は黙ったままだった。
日坂は、昔から真面目な男だった。
その真面目さ故に恋に一途なのか、それとも恋に一途故に真面目なのかは分からなかった。けれど、一つだけ分かる。
俺の初恋は自覚すると当時に終わってしまった、ということだ。
本当なら、奪いにいきたい。
けれど、本気の瞳を目にしたら、邪魔なんて出来なくなった。勝ち目が無いんだよ、十三年想い続けた相手と俺じゃあ。
「…どんな人?それくらいいいだろ?俺も興味出てきちまったな」
だから、せめて諦めさせてくれ。
「皆から好かれる明るい方です。思いやりもあって、誰にでも優しくて、何にも縛られなくて、でも、規則は破りません」
「あぁ、」
「同時に、凛としていて強くて、決して揺らがない信念を持っていて、どんな時も冷静を保ち、適切な判断を下すんです」
「あぁ、」
「好意を寄せる私がそれとなくアプローチしても、全く気付きません。格好良い外見とは真逆の鈍感さがまた可愛いんです」
「…あぁ、」
ちくしょう、幸せそうに惚気やがって。
悔しさと嫉妬が重なって、ついに涙が目尻から流れ伝った。それを見られたくなくて、もっと強く瞼を閉じる。
その瞬間、耳朶に吐息を感じた。
誰かなんて見なくても分かる。かなり近い気配が、ふっ、と意図的に息を吐き出した。それが擽ったくて、身を捩った。
いや、正確には、捩ろうとした。
思わず動きを止めてしまったのは、鼓膜に届いた言葉のせい。眼を開ける。その拍子に溜めていた涙がまた伝った。
「ですから、生徒会長だった彼につりあうように必死で風紀委員長になりました」
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