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「日坂って…、ゲイ?」

 先に言っておくが、日坂は俺じゃない。くれぐれも誤解しないでくれ。

【Kiss×Kiss=LOVE】

 俺は井原雅臣(いはら・まさおみ)。

 とある有名私学の中高一貫校で教師をやっている。因みに男子校。今年25歳。

 今でこそ明るい茶髪にピアス、シャツは第3ボタンまで開けて、ホスト教師なんて呼ばれているが、十年ほど前はその男子校で堂々と生徒会長の座に君臨していた。

 つまり、母校で働いている。

 そんな俺には、秘密があった。

 昼は教師である一方、夜は本当にホストをやっている。勿論、学園には内緒で。

 副職禁止の学園で、しかも教師が水商売をしているなんてバレたらクビ間違い無し。だから、ホスト教師って初めて呼ばれた日は、思わず青ざめてしまった。

 別にホストをやるほど金に困ってるわけじゃない。ただ刺激が欲しかっただけ。

 学園ではかなりモテるが、ガキ、それも同性相手に騒がれたところで嬉しくもない。俺は所謂ノーマルと呼ばれる人種だ。男だけのあの学園では、珍しく。

 はっきり言えば遊びたい。だが、こんな刺激は本気でいらなかった。

 それはある週末の夜のこと。いつものように店で準備していれば、ボーイに今日の客は男だと言われた。かなり驚いたが、ホストである俺の方から断るわけにもいかず、渋々接客をすると承知した。

 それだけならいいんだ、まだ。

 男だって口説ける。女よりは多少義務的な口調になるかもしれないが。

 だが、ソファーに座っている客の姿を見た瞬間、俺は本気で逃げたくなった。

 肩につく黒髪を低い位置で結い、シルバーのノンフレーム眼鏡をかけた男は、一見物腰柔らかな紳士だが、中身はかなり厄介な人物だと俺は知っている。

 さらに、この男の職業も。

「日坂…!なんで!?」

 日坂祐介(ひさか・ゆうすけ)。

 学園で第一保健室を担当している養護教諭。腕は良いが、処置がかなり痛い鬼畜だと知られている。つまり、同僚。

 そして、この男はただの同僚ではなく、腐れ縁でもある。学生だった時から張り合っていた男だ。俺が生徒会長だった時、コイツは風紀委員長だった。

 中高時代は何かと犬猿の仲だったコイツと別々の大学に入学し、四年間を満喫した後、初めての職場の新任の顔合わせで再会した時はつい舌打ちをしたものだ。

「へぇ…、まさかお前がこんなところに来るなんて。弱味みーっけ」

 動揺を押し隠して僅かに無感動になった俺の声に、日坂は顔を上げ、学園のガキどもが見たら間違いなく絶叫するような甘ったるい笑顔を向けてきやがった。

 頬がヒクリと引きつる。

「おや、井原先生じゃないですか。…まさかお会いするとは。男漁りですか?」

 いつもなら躊躇いなく“井原”と呼び捨てるのに、今日のこの場に限って“先生”をつけるわざとらしさが気に入らない。

 だが、ここは大人の対応。ニコッと営業用、学校用よりもいくらか色気を含ませた挑発的な笑みを浮かべながら、井原のすぐ横に座って、そのまま腰を抱いた。

「ぶっぶー、日坂センセー残念。漁りは漁りでも、男じゃなくて女なんだよ。エロっちいお姉様方の相手してんの」

 軽く馬鹿にするような声色で言えば、少ししかめられる顔に気が良くなる。

 だが、それも日坂が俺の手を思いっきり叩くまでだった。小気味が良い音と、予想以上の痛みに今度は俺が顔をしかめた。

「ってぇ!」

「離しなさい」

「はぁ?お前、口説かれに来たんだろ?なら大人しく抱かれてろよ」

「いいえ、私は抱きに来たんですよ」

 そう言い終わるのとほとんど同時に素早く腕を解かれ、逆に俺の腰に腕を回されて強めの力で抱き寄せられる。

 不意討ちで傾いた上体を満足げに受け止めた日坂は、ニヤリと性格の悪そうな笑みを浮かべてから、ちゅ、と軽いリップ音を立てて俺の額にキスをした。

 額に柔らかいものが触れてから数秒の間は何が起きたのか理解できなかった。

 少しして漸く理解すれば俺は恐る恐るゆっくりと日坂を見上げる。凍り付いた表情で、信じられないものを見るように。

「…嘘、だろう?」

「本気でそう思いますか?」

 ああ、思っている。

 そう答えられたら、どれだけ楽なのだろうか。だが、日坂の黒に限りなく近い焦げ茶の眼は紛れもなく本気の色だった。

 からかわれているのだと思っていたが、さらりと男相手にキスが出来るということはあながち冗談じゃない。

 学生時代から真面目で軽い噂の一つも聞かなかった男だった。だから、日坂は俺と同じノーマルだと思っていた。

 そして、この台詞に至る。
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