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A

 軽口はただの時間稼ぎにしか過ぎなくて。それを見透かしたように彼は僕の手に手を重ね、剣を喉元の肌に触れさせた。

 赤い血が流れて、雨に溶ける。

「怖いか?リゼル」

「…怖いよ。君のいない未来を独りぼっちで生きることが、とても、ね」

「そうか」

 やはり呆れの目立つ彼の表情には心なしか少しの嬉しさが見えた気がした。

 濡れた睫毛から落ちた滴が、僕の頬を伝って顎から落ちて、そして彼の鎖骨で弾ける。その首筋がやけに色っぽい、なんて現実逃避をする思考に苦笑いをする。

 ふと、彼が眼を細め、真剣な声色で、

「ならば、私と共に逝くか?」

 なんて聞くものだから、思わず、

「えぇ、喜んで」

 って答えてしまったよ。

 ダンスを踊るわけでもないのにね。

 そのまま後ろ首に腕を回され、強く引かれて、どちらともなく口付ける。

 僕も彼の後頭部に手を入れて、激しく求めて。啄むようなバードキスなんかじゃなくて、貪るような、呼吸すらも奪ってしまうほど激しいディープキス。

 体は冷えきっている筈なのに、混じりあう舌は火傷しそうに熱い。無遠慮に口内を掻き回す舌に犬歯を立ててやれば、お返しとばかりに強めに甘噛みされた。

 もはやどちらのものかも分からなくなった唾液が彼の顎に伝うのも気にせず、雨音を打ち消すように水音を立てる。

 卑猥な唾液の音が耳から思考を犯す。

 その瞬間、視界の端で、彼が僕の剣を空中に高く投げたのが見えた。

 ―――――あぁ、やっと終わるのか。

 不思議と、気分は穏やかだった。

 唇を離して、瞼を閉じる。何も見えなくなった世界は雨で冷たかったけれど、彼の体温をすぐそこに感じて安堵した。

 指を絡めて、抱き締めあった瞬間、最期には彼を眼にして逝きたい、と再びゆっくりと眼を開ければ、彼は、

「…ぐ、ぁッ!」

「……ッ!」

 微笑んでいた。

 重力に従い、再び落ちてきた剣が鋭く僕らの胸を貫いても、ただ、彼は気丈に。

 だから、僕も笑みを返した。

 二人で体を重ねる。胸から血が溢れでて、地面を染める。だんだんと寒くなって、眼が霞んで見えなくなる。

 視界が闇で覆い尽くされるその一瞬前、彼の唇が動いた気がした。

 けれど、僕にはっきり見えもしなければ、聞こえもしなかった。ただ、体を抱く暖かい腕が、最後の記憶となった。

 遥か昔、世界は恐怖で覆われていた。

 枯れた大地におぞましい魔物たちが這いずりまわり、人を喰らい、殺し。無情冷酷で悪逆非道を尽くしたそれらの王は、ついに人間を滅ぼそうと考えた。

 彼の王の名は、ベルゼルグ。

 冷酷な魔王は世界を統べる心算だった。

 その時、神は我らに勇者リゼルを遣わした。彼は有志を募り、困難を極める長旅の末、遂に魔王を倒すことが叶った。

 だが、魔王との激しい戦いの中で、勇者リゼルも命を落とした。邪悪な魔王を葬り去るため、命をかけてくださったのだ。

 後世の者達よ、世界に光を取り戻した勇者リゼルを称えよ。彼の者こそが我ら永遠にして、至高の英雄なり。

「随分と古い書物を読んでいるな」

「千年も前の話なんだって。…ねぇ、君、名前は?僕はリゼルって言うんだ」

「私はベルゼルグだ」

「…失礼だけど、僕ら、どこかで会ったことないかい?君がすごく懐かしいんだ」

「奇遇だな。私もだ。もしかしたら、私たちは前世で会ったやもしれぬ。…この勇者と魔王のようにな」

「名前が同じだからって!…でも、確かに君に何か聞かなきゃならない気がするんだけどなぁー、何だったっけ?」

「私も何か言わねばならない気がする」

「一緒にいたら思い出すかな?」

「ならば、共にいようか、リゼル」

「うん!ベルゼルグ…、ベルでいいよね」
 
あ い し て る 
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