しあわせのかたち | ナノ

「ホラァ!早くしてナマエ!学校間に合わないよ!」
「うわあぁ!にいにがちゃんと起こしてくれないからだもん!」
「オレのせいじゃないから!とにかくランドセルちゃんと背負いなさい!」

二人の兄妹は今日も今日とて朝からバタバタと騒がしい。階段を慌てて駆け下りる音、乱暴に扉を閉める音、靴を履く為にどっかりと床に座り込む音。そして、甲高い声とまだ幼さが残る声。とにかく此処に住んでいる兄妹は静かという言葉が似合わない。

「朝ごはん食べてないのにー!」
「給食しっかり食べれば問題ないよ!」

靴紐を結びながらスーツ姿の兄を見上げるナマエ。兄は相も変わらず表情の分からない橙色の仮面をしていた。物心ついた頃から彼はずっとあの面をしている気がするが、ナマエ自身見慣れてしまったせいもあり大して理由を追及する気にはならなかった。「今日は雨降るかもってお天気お姉さんが言ってた」と言いながら兄に渡された折り畳み傘をランドセルへ仕舞いつつ、少女は立ち上がる。爪先をトントンと二回鳴らして玄関のドアノブに手を掛けた。

「じゃあ行こっか!にいに!」
「うん、そうだねぇ」

元気いっぱいに外へと駈け出す妹の後ろ姿に、オビトは僅かに微笑む。

両親が他界し早くも八年の月日が経った。今年でオビトは22歳、ナマエは10歳になった。唯一の家族である妹を出来る限り支える為にオビトは18歳の時に進学を諦めて就職をした。けれど両親が居ないからという理由で簡単に職に就けるほど社会は甘くは無かった。彼自身まだ子供であったせいもあり、20歳になるまで安定した仕事に就く事は出来ず四苦八苦していた。
が、そんな時オビトを支えてくれたのが妹のナマエだった。就職活動にストレスを感じ高熱を出した事があった。医者に診てもらうにも金が掛かる。決して裕福ではないと自負しているオビトにとって病院へ行くという選択肢は無かった。とりあえず寝ていれば治ると勝手に判断し、床に伏せていると暫くして学校からナマエが帰ってきた。以前から今日は友達と遊ぶと言っていたのに、なんと彼女はオビトの隣までやって来てこう言ったのだ。

「にいに!わたしがかんびょーしてあげる!」

看病なんて難しい言葉をどこで覚えて来たんだ。つい頭の中で突っ込みを入れながら仮面の下でくすっと笑うとナマエもつられてあははと笑っていた。友達と遊ぶんじゃなかったの?あんなに楽しみにしてたのに行かなくていいの?そう聞けばナマエはさも当たり前のように「だってにいにがおねつ出しちゃったんだもん!」ぷくっと両頬を膨らませて返してきた。挙句の果てには「わたしが風邪をやっつけちゃうからね!」なんて言いながらファイティングポーズをかますものだから、熱でガンガンと痛む頭を押さえながら腹を抱えて笑ってしまった。今思えばそのお陰で元気が出たのかもしれない。翌日熱はすっかり下がり、就職活動を再開した。
妹を支えるつもりが逆に支えられていたなんて、あの世の父と母はきっと笑っているに違いない。

「わー!にいに大変!給食費おうちに忘れた!」
「んもうこの馬鹿!」

父さん母さん、オレたちは今日も元気だよ。


130620