しあわせのかたち | ナノ

大雨の中オレは小さな手を握りしめたまま、携帯を通して告げられた言葉に絶句していた。

―ご両親が亡くなりました。

知らない声で淡々と述べられても変な冗談にしか聞こえず、新手の詐欺かと思い「下らない冗談は止せ」と低く唸った。しかし電話越しの声は自分を医者だと言いつい先程まであったことについて説明を始める。無免許で車を運転していた高校生三人組が操縦を誤り、両親が歩いていた駅前の歩道にワゴン車ごと突っ込んだ。五人は全員意識不明の重体で直ぐに病院に運び込まれたらしいが、不幸にもオレたちの両親二人だけが命を落とした。高校生三人は意識を取り戻している、とそこまで言った後に医者はすみませんと謝罪の言葉を一言残して一方的に電話を切った。

両親が死んだ。突然過ぎる。訳が分からない。どういうことなのだ。頭の中を旋回する名も知れぬ感情に発狂しそうになる寸前で、オレの手を何かが弱々しい力でぎゅうっと握ってきた。

「っ!」

はっと我に返って視線を斜め下に落とす。そこには大きな瞳をオレに向けて小首を傾げる少女がいた。もう一度きゅっと手に力を込められる。途端に左胸と喉が強く締め付けられたような痛みを感じた。歪んだ表情をなんとか和らげ「大丈夫だ」と出来るだけ優しい声で言ってやった。しかし子供とは残酷なものだ。些細な相手の変化にも気付いてしまう。オレの気持ちを察したのか今度は少女が泣きそうな顔をして表情を歪めた。

「にいに?」

まだあまり話すことが出来ない彼女は、舌足らずな喋り方で声をかけてくる。どうしたの、だいじょおぶ?なきたいの?にいに。半ばすがり付くようにして腕を引っ張りながら問う小さな少女。雨粒に濡れるのも構わず、傘を放り投げて愛しいその子を抱き寄せた。

「………」
「にいに、ままとぱぱ、むかえいこう?」

ああそうだ。オレたちは二人を迎えに行くところだったのだ。天気予報にはなかった俄か雨に見舞われた両親の為、傘を持って。

「ああ…そうだな」

お互いの間に隙間を作り、目を細めてそう言うと少女は無垢な笑顔を浮かべた。きっと今ここでこの子に両親が死んだという事を伝えても彼女には理解が出来ないのだろう。オレが持っていた父と母の傘を「もつ!」と言って無理矢理手から奪い取り、えへへと漏らす幼い幼いオレの妹。風邪を引かぬようにとびしょ濡れになってしまった彼女の体をタオルで拭いてやる。少女は嬉しそうに笑っていた。
これから先、この子が大人になるにつれて両親が居ないという残酷な事実と向き合わなければならなくなるだろう。たくさん悩み、たくさん泣くだろう。しかしそんな時はこいつの隣でオレが支えになってやりたい。

「行こうか…ナマエ」

開きっぱなしの投げ捨てた傘を拾い上げて再び少女の小さな手を引く。「うん!」と元気よく答えたナマエに、こんな状況にも関わらず頬が緩んだ。向かう先は駅ではない。数分後訪れる病院で、果たしてこの子は何を思うのだろうか。


130620