テキスト | ナノ



「むう…」


低めに唸って、私は空とにらめっこをする。今は三時限目の現国をやってる筈の時間…なのだけれど、二時限目の数学の時間に返されたテストの点数のせいで、私は惨めな気分になった。ただ低い点数だったのならそんなにショックを受けることも無いのだけれど、今回の数学のテストで、私は賭けをしていたのだ。

同じクラスの、幼なじみと。


「…チッ、」


無意識に舌を打った。私の悪い癖だけれど仕方がない。意味もなくしてしまうんだ。とりあえず、せっかく授業を抜けて来たんだし寝よう。睡眠を取れば機嫌も直るかもしれない。背中を預けていたフェンスから離れ、適当な場所に寝転んで目蓋を下ろした。ああ、気持ちいい。少し涼しくなった風が私の肌を撫でていく。ようやくうとうとし始め、後少しで眠りそうだったその時。


ガチャ…屋上の扉が開いた音がした。


う、嫌な予感がする。どうか当たっていませんように。なんて神さまにお願いしていたのも束の間…


「よお、やっぱ此処か。」


真上から降ってきた声は、今一番聞きたくなかった声で、私は目をゆっくりと開いた。目蓋がこんなに重いと思ったのは初めてだ。眩しいくらい明るくなった視界に移ったのは、



「カカロット…」

「おう、サボり魔。」

「アンタに言われたくないわ。」



噂をすれば、とはよく言うもので。こいつが私の幼なじみ。青い空をバックに私を見下ろすカカロットの姿を、忌々しげに睨み付けてやる。空を睨んでた時より何十倍も強く。冷たく言い返してやると、カカロットは肩を竦めて「ちげェねえや」なんて言いながら当たり前のように私の隣に腰を下ろした。



「よっこらせ、」

「ちょ、なんで隣座るの。」

「離れて座る意味なんてあっか?」

「隣に座る意味なんてあるの?」

「おめえ相変わらずキツイなあ、テスト負けたことそんなに悔しかったんか?」

「く、悔しくなんかないわよ!大体あれは二点差だし…」

「けどオラが勝ったんは事実だろ?」

「うう…」



なんだかんだで全部図星だったり。カカロットって、抜けてるように見えて実は鋭い。以前、いつもちょっかいを出してくる彼に悪戯してやろうと筆箱に虫を入れたとき、私の表情を見てすぐに感付いた。しかもその後、筆箱の中に入れた虫を私の膝の上にぶちまけられて返り討ちに合ったのをよく覚えてる。あ、なんか思い出したらムカついてきた。

図星と、賭けに負けた悔しさを込めてもう一度カカロットをぎろりと睨む。昔から色んな賭事をしたけど、カカロットに勝ったことが一度もない。今までで99回も賭けて99回も負けてる。つまり私の記録は0勝99敗。


「こ、今度こそ勝つからね!」

「へェ〜」

「本気よ、私は!」


私が身を起こしながらそう言うと、カカロットは何かを考えているような表情で黙り込んだ。なによ、何考えてるの。きっと今の私は苦虫を噛み潰したような顔をして彼を見ているんだろう。

すると、カカロットは私に真っ直ぐな目を向けて視線を合わせてこう言った。


「次の賭けで最後にしようぜ。」

「え?」

「もし、今からオラが言う賭けに勝ったら、今までの負けをチャラにして、ナマエの勝ちだ。」

「マジで!?」

「ああ、乗るか?」

「勿論!!」


乗らないわけないでしょ、という顔をして身体ごとカカロットに向け、座り直す。そんな私を見てクスリと笑うと、彼も向かい合うように座って、弧を描いていた唇を開いた。




「どっちかに惚れたら負け。」

「……はァ?」



私の人生を勝利か敗北かに分ける最終戦がどんな賭けかと思って期待すれば、カカロットは相変わらずの表情で「惚れたら負け」なんて呟いた。私がアンタに惚れるワケないじゃないの。小さい頃から馬鹿だとは思ってたけど、とうとう本当に馬鹿になったのだろうか。なんとも言えない顔の私に、カカロットはニヤリと薄い笑みを貼り付けて視線を滑らせる。

なんだろう、この感じ。心の隅っこがモヤモヤして、気持ちを紛らわそうと空を見ようと思ったら、空より先にカカロットの緑色の瞳に吸い込まれた。



「もしかして、"負ける筈無い"とか思ってるんか?」

「え……っ!!?」



一瞬目を合わせただけなのに、どうしてわかったのか。そう問おうと喉の奥に言葉を準備した瞬間、私の口は突然何かに塞がれてしまった。暖かくて、柔らかいものが、確かに唇と重なっている。

びっくりして焦点を失った私の目が、ようやく視界を鮮明にしていった。そこに広がっていたのは、カカロットの端正な顔立ちと、金色の前髪。え、なにこれどうなってるの?


「っ、ふ…」


一度だけ彼の顔が少し離れた。その瞬間、口から酸素を吸い込むとそれを吐き出す前に再び目の前をカカロットの顔が支配する。また塞がれた唇。


ここで、やっと分かった。私と彼がキスしてるんだ。



「ん、…っ」

「…は、」



状況が把握できたと同時に、私は出来る限りの抵抗をしようと両手を彼の胸板に添えて突き放そうとしたけれど、その手も安々と捕まえられて、何も出来なくなった。

くちゅ、と頬張るように唇を食べるカカロットは、いつもとは違う"男の顔"をしていて、私は思わず目を見開く。普段の飄々とした態度や風貌からは想像も出来ないくらい、色っぽい顔。やば、カカロットってこんな顔もするんだ。たまに聞こえる彼の息の音が、私の心臓を強く締め付けた。あーあ、もうダメ。



20120820 負けっぱなし