テキスト | ナノ



「なぁナマエ、いつになったら俺にあの返事くれるんだよ?」



しん、と静まり返った部屋の中で、今まで腕を組んだまま黙り込んでいたターレスがそんなことを言った。彼と向かい合うように反対側のソファに座っていたナマエは、湯気が立つコップを口元に持っていきながら答える。


「言ったじゃない。"私がアンタと付き合うなんて有り得ない"って。」

「生憎、俺の耳は自分に不都合な言葉は入らないもんでな。」

「素敵な作りね。」

「完璧と言え。そして完璧な俺と付き合っとけ。」

「万が一付き合ったとしても一分で破局する自信があるわ。」

「安心しろ、付き合って三十秒で結婚にこぎ着けてやる。」

「あわよくば結婚か、この糞野郎。」


コトンと静かにコップを置きながら、可愛らしいニッコリ笑顔とは真逆の言葉を吐き出すナマエ。だが、そんな彼女には慣れたものだとでも言うように、ターレスは置かれたコップを手に取った。


「…それ、私のコーヒー。」

「知ってるぜ?」

「間接キスになる。」

「何を言ってやがる、それが目的なん…」


コップを口元に近付け、何かを言い掛けた瞬間、突然ドカァンという音と共に、ターレスの姿がソファから消える。

その様子に動じることもなくナマエは前髪を掻き上げた。


「ようナマエ。何してんだこんな焦げレタスと一緒に。」

「バーダック…あんた、」

「牛蒡テメェ!!後少しでこいつと間接キスできたのに何しやがる!!?」

「所詮、間接キスだろ。」

「ねえちょっと。」

「所詮だァ?」

「オイ。」

「あァ、何度も言ってやろうか?所せ…」

「人の話を聞け。」

「え」

「は」


突如現れたバーダックは、掴みかかってくるターレスと口喧嘩を披露していたが、度々口を挟んできたナマエの声が聞こえず、彼女の苛立ちを孕んだ声によりハッとした表情をした。

石のように固まった二人は、ギギギ…という音がピッタリな動きで恐る恐るナマエの座るソファを見る。すると。


「まずバーダック。どうやって私の家に入ったの?」

「あ、合鍵で。」

「合鍵なんて渡したかな?」

「…悪ィ、前カウンターに置いてあったのをこっそり…」


ガァンッ

言い切る前に、怒りに震えていた彼女の拳がバーダックの頭にヒットした。それを見たターレスは、ビクンと肩を揺らして驚く。サッと逃げる準備をし始めた彼の背中に、鳥肌が立つ程冷たい視線が突き刺さった。


「ターレス。」

「はい」

「人の話を聞くなんて、今の時代小学生でも出来るのよ。」

「存じております。」

「それをよくもまぁ、…あろう事か遮りやがって。」

「深く反省してるんで、今日の所は、」

「悟飯くんカモーン」


まるですぐそこに居る人間を呼ぶような声で呼ぶナマエ。それに一瞬焦りを感じた彼は、ははっと乾いた笑い声を漏らした。


「ご、悟飯?来るわけねぇだろ…」

「ナマエさん、呼びました?」

「うん、呼んだよ。」

「何故だ。」


絶対に来る筈がないと確信していた彼の考えを無情にも引き裂いたのは、呼ばれて五秒で現れた悟飯の姿。


「どうかしました?」

「このレタスうざい。」

「ハハッ、即答か。」

「ていうかしつこいのよ。」

「それは大変お困りで…安心して下さいね、僕がちょっと絞めときますんで。」


何食わぬ顔で微笑みながらも、ターレスに向けられた悟飯の目は確かな殺気を孕んでいた。タラリ、こめかみを伝う冷や汗が彼自身に危険信号を発する。


「ご、悟飯…落ち着けよ、話せば分かる。」

「落ち着いていますし、状況は貴方に教えて頂かなくても理解してますが?」

「誤解だ、俺はナマエに好意を寄せているだけであって…」

「それが間接キスに至ろうとした原因ですか。」

「今の一言で何故そこまで把握した。」

「とりあえず蛇の道まで飛ばして差し上げましょう。」


両手を前に突き出して、待て待てと訴えるターレスの脇腹付近に手のひらを翳し、



「じゃあ、閻魔様によろしくお願いします。」



真っ黒な笑顔で別れを告げ、瞬時に冷めた表情に戻った悟飯は、ニヤリと妖しく口角を吊り上げて気弾を放った。勿論、つい先程まで居たターレスの姿は何処にもない。その終始を見ていたナマエは、悟飯に笑みを投げ掛けてありがとうと礼を告げる。



「お礼なんていいんですよ、強いて言うなら貴女が僕の婚約者に…」

「ホラ、悟飯くんもうこんな時間!」

「まだ15時ですが?」

「おやつ食べておいで!」

「おやつ代わりにナマエさんを頂きたいですね。」

「あはは、最近暑いから悟飯くんの素晴らしい頭がちょこっとおかしくなったかな。」

「相変わらず素晴らしいですよ。」


なんとか帰ってもらおうとするナマエだったが、やはり悟飯は一歩たりとも動こうとしない。要は、彼もナマエが好きなのだ。だから何かあったらすぐに自分を呼んでくれと彼女に頼み、変な虫が着こうとする者が居れば、悟飯の魔の手に掛かってしまう。犠牲者は数知れず、本日その中にターレスが一人加えられた。


「悟飯くんさ、ビーデルちゃんと仲良いんだって?」

「はい、仲良いです。が…友人として見てますから安心して下さい。」

「安心って何に?」

「僕が取られてしまう事に。」

「冗談ばっか。」

「ははっ、やだなぁ。あんまり可愛いこと言うと襲いますよ?」

「あ、はは…」


相変わらずの黒い笑みを称えながらジリジリと間を詰めてくる悟飯に、少なからず動揺の色を見せるナマエ。いっそ逃げてしまおうとソファから腰を上げた瞬間…



「!」



パシィッ、と横から伸びてきた手が彼女の腕を捕まえた。ナマエは慌てながら瞬間的に横に視線を滑らせると、そこには。


「バーダック?」

「逃げるぞ、ナマエ。」

「えっ…」

「ホラ、」


彼女を掴む手に力が込められたかと思うと、急にグイッと引かれる身体。そして次の瞬間には視界が反転し、バーダックに横抱きにされていた。


「あ、お祖父さん!」

「ナマエを襲うなんざ百年早ェんだよ、糞餓鬼。」

「ちょっ、バダ!?」


祖父と孫の間にバチッと火花が散るのを彼女は見逃したが、下ろせという気持ちを込めて、目一杯バーダックを睨み上げてやる。そんな彼女に一度は視線を落とした彼だったが、再度悟飯に目を移すと、フンと鼻を鳴らしてナマエを抱いたまま身体を宙に浮かせた。



「(残念だったな、悟飯。こいつだけは譲らねえよ。)」







家からだいぶ離れた公園で地に足を着けると、ナマエは少し息を荒くしながら、涼しい顔をするバーダックをキッと睨んだ。


「…んだよ。」

「べ、べべ別に?」

「……エロ。」

「はァ!?」

「顔真っ赤にして息荒くしやがって…誘ってんだろ。」

「もう、なんでこう馬鹿しかいないの」

「つーかさ、お前…」

「?」


最初はいやらしい目付きで舐めるように見てきた彼の表情が少しだけ変わる。ナマエはそんな彼の様子を、小首を傾げながら伺った。すると閉ざされていた口がゆっくりと開かれる。



「高所恐怖症だろ?」

「な、なんで…!」

「さっきまでずっと俺にしがみついてた。」

「〜!!」

「俺が好きでしがみついてるって訳じゃなさそうだったしな。」


意地悪く持ち上がった口端。しかしながら、実は図星だったナマエにとって、その言葉は返事のしにくいもので。ククッ、と喉を鳴らして笑う彼から目を反らす。


「そ、そりゃ、確かにさ…」

「あァ?」


俯いたままもごもごと何かを言う彼女を見かねて、片眉を上げながら眉間に紫波を刻んで尋ねてくるバーダック。ナマエはそのまま続けた。


「…怖いってのもあったけど、私は…バーダックが……」

「…!」

「す、」


す、の次に続く文字が、彼女の口から出ることはなかった。


何故なら…



「あはは、やっと見つけましたよ、お祖父さんとナマエさん。」



壮絶なブラックスマイルを顔に刻み込んで、遊具の上から二人を見下ろす陰が、それを妨げたからだ。二人の間に少しだけ出来ていた甘酸っぱい空気が、黄金の気を纏う彼によって引き裂かれる。



「ちょ、待て悟飯…!!」

「ナマエさんを襲うのは百年早いって…仰いましたね。」

「え、あ、言ったかそんなこと」

「お祖父さんこそ、ナマエさんを連れ去るなんて…」



超化した悟飯は、両手を腰の横で構え、気を最大まで溜めた。バーダックが、"ああヤバい"と判断した時は、もう遅すぎて。



「星になる準備が出来てるみたいですね。」

「…せめて立派な星にしてくれ。」

「地球からは見えない星にして差し上げますよ。」

「マジか。」

「何か言い残したことは?」

「……ナマエ、好きだ。」

「!」





死に際ラブレター


(血祭り決定。)
(ぎゃぁぁああ!!!)
(ご、悟飯くん止めてー!)