テキスト | ナノ

死んだら何処へ逝くのだろう。生前学生だったわたしは友人とそんなことを話していた。一人の友人は「やっぱ天国か地獄なんじゃない?」と言いもう一人の友人はまた違う考えを提唱していた。わたしも天国か地獄のどっちかに逝くことになるのではないかと考えていた方だ。良い行いをした人は天国へ、悪い行いをした人は地獄へ。そう。実際死んでみて分かった。死者の逝く先は本当に天国か地獄で区分される。架空の人物だと思っていた閻魔大王も見たし、鬼や妖怪みたいなものも見た。ああみんなの予想通りの場所なんだなあって思ったよ。けどね。なにかがおかしいんだ。何がおかしいか?そんなの決まってる。

なんで悪い事をしてないわたしがこんな超極悪人面の人が居るようなとこに来なくちゃならなかったのよおおお!!



気を失って何時間経ったのか。死んだわたしたちには時間なんて関係が無いから勿論時計なんてないんだけど、意識を取り戻して目を覚ますとなぜかわたしはクウラさんに「そこに座れ」と命令され、言われるがままに腰を掛けるには丁度よさそうな岩に座ると「そこではない、地面だ」と意味不明なことを言われた。なんでそんなに偉そうなんですか地獄の総理大臣かなにかなんですか。睨みつけて反論しようと思ったけど、さっきわたしが気絶した原因である尻尾が脅しのように彼の背中の陰からにゅるりと見えた瞬間なにも言えなくなった。
このクウラって人、正確には「ヒト」ではない。人型の蜥蜴だ。スミマセンわたし蜥蜴大っ嫌いなんです。元々爬虫類が駄目なんだ。この人は『ヒト』じゃないもの。姿がもうまさに蜥蜴のそれですもの。きっとあの尻尾、蜥蜴と同じように切り離されても動くんだろうなと思うと色んなものが込み上げてくる。

兎にも角にも言われた通りに地面に正座し早十五分くらい経ったわけだけど、クウラさんは延々と自分の力の素晴らしさとか生前の武勇伝みたいなものをひたすらに語り続けている。いい加減やめてほしい。サイヤ人がどうとか惑星を一瞬で消したとか。なんか規模がデカすぎる。妄想もここまでくると恐ろしいね。あーなんか足痺れてきたよビリビリしてるよ。

「オイ聞いているのか」
「あーはい。で、閻魔大王の住所もう一回言ってくれません?」
「一度もそんなことは言っていない」
「じゃあその一つ前に言ってた電話番号でいいです」
「………言っていない」
「しょうがないなあじゃあ閻魔大王の」
「サウザーこの女を消せ」
「了解しました」

了解しましたじゃないっしょ!突然クウラさんの後ろの岩から、ぬっと姿を現した男の人にそう突っ込みたくなる気持ちを抑えた。なにさも当たり前みたいに岩陰から現れてんの、ずっとそこに居たんですか気持ち悪い!ついでに肌の色も水色だよあの人なんて考えていたらそのサウザーという名前の人がわたしの目前まで迫ってきた。ぎゃあああ目に悪い!!

「なんかスミマセン!!」
「?……命乞いか?」
「気持ち悪いとか言ったってとぅんまてん!」
「言ってたのか?言ってたのかコラ!」
「サウザー落ち着け言ってないぞ」
「ちなみに声はかっこいいなと思いました!」

こ、声はだと!?そう言いながらちょっと後退りをして……ってあれ?顔赤くね?水色と混ざって紫っぽくなってますよ。その紫がクウラさんの色と重なって再び何かが込み上げてくる。ごめんなさいやっぱ気持ち悪いです!

「さっさと殺さんかサウザー!!」
「ししし失礼いたしましたァ!!」

いつまでもあたふたと狼狽しているサウザーさんの背後から苛立ちの籠ったクウラさんの怒号が響いた。肩を思いっきり跳ね上げて腰を低くして頭を下げるサウザーさんを可哀相だなと少しだけ思った。毛一本分くらい。てかなに?殺されるんですかわたし?

「歯を食いしばれ、女」
「力むとオナラ出ます」
「女か貴様」
「純情ロマンチックガールです」
「死ね」

胸の前に翳された手の平にキュン、と音を立てて現れるまぶしい光の球体。わあ綺麗。わたしの目、いま少女漫画レベルできらっきらになってると思うんですけどどうですかこれ。とかそんなこと言ってる場合じゃないです死ぬんですかわたし!?つい先刻死んだばかりなんですけど!?そういう言葉を言いたげな表情でサウザーさんを見上げる。しかし彼は口角をニヤリと吊り上げて笑うだけで何も言ってはこなかった。サウザーさんの口から発せられた死ね、という台詞から感じた確かな殺気。あれは友人同士で言う「死ね」じゃなかったのか。ああでも別にわたしら友人じゃないしね。そっかこの人クウラさんの部下なんだ。だから言う事聞くんですね。そういうことならば何を言っても無駄だと思った。だってどうにしろ男の人には敵わない。それが地獄に居るような凶悪で恐い人ならば尚更だ。これから来るであろう痛みにぎゅっと瞼を閉ざす。いやだなあ死にたくないよ。死んだけどさ。こんなとこ送ってきやがって本当にあのニセ閻魔許さねえ。

と、その時だった。

「お前が死ね」

ヒュン。風を引き裂く音と一緒に、金色が視界を支配した。


20130515