テキスト | ナノ

わたし、今までたくさん悪い事してきました。授業中居眠りしたり提出物出さなかったり、ああそういえば小テストでカンニングしたこともあったかな。うん今思っても確かに悪い事だ。でも人を殺したり盗みをはたらいたりとか、そういう悪事は一切していません。これは神に誓います。指切りげんまんしてもいいです。それなのに、なんで。

「なんでこうなるのぉおおおっ!!」





わたしは死んだ。原因は分からないけど、最期に見たものがワゴン車だったことからそれにひかれて死んだのだと予想できる。まあ、痛みがなかっただけマシだったのかな。
とりあえずそんなわけでなぜか今現在まで、長蛇の列に並ばされていたわけですが(列が何のためのものかも知らずにね)。

「お前は地獄行きだ」

生前に想像していたより全然大きい閻魔大王に言われた言葉。やっとの思いで列の先頭に辿り着いた人に対する第一声がそれって。え?聞き間違い?ああわたしが見えなくて順番飛ばしちゃったのかな、後ろのひとが地獄なのか可哀相に。振り向いてみるとそこにはとても優しそうな好青年が立っていて、こんな子も犯罪を犯したのかなんて憐れみを帯びた目で見つめた。でもその子はハっとした顔をして片手を顔の前で振り「僕じゃないですよ」と必死に否定した。え、じゃあ誰が……そう思った時とほぼ同時だった。

「お前だ、ナマエ」

声に反応して振り向くと名指しの上ご丁寧に指まで此方に向けている閻魔様が目に入ってきた。閻魔様って意外に冗談とか言っちゃう茶目っ気たっぷりの御方なんですね!度々漏れそうになる笑い声を抑えながら言ってやると、閻魔様はずっしりと重そうな判子を片手に長い溜息を吐きだした。

「閻魔大王様ともあろうお方がそんな寒いギャグかまさないでくださいよー!」
「ギャグではない。お前は地獄行きだ」
「意味が分かりません」
「これは決定事項だ。お前は言われた通りの場所へ行けばよい」
「アンタ閻魔様じゃないっしょ。なんか思ってたより図体デカいし、なんか髭ももじゃもじゃだし。わたしの知ってる閻魔様はイケメンで優しいの。さあどっかいけ今すぐいけ」
「お前が地獄へ逝け」

死ね、なんて口の悪い反論は言えない。ええ思ってもいいませんよ。しかし不思議なことである。犯罪を犯していない人間が地獄へ送られる?少なくとも老人や妊婦さんには優先席を譲っていたこのわたしが地獄へ行く要素は全くと言っていいほどない。

「あの、何かの間違いじゃないんですか?」
「一々文句の多い奴だな」

うわあ傷付いた!ナマエちゃんすっごく傷付いた!わたしに向けられる双眸はもはや軽蔑の色しかしていない。負けじと眉を顰めてぎりりと睨んでみる。けど閻魔様の眉間に紫波が寄った瞬間その表情の恐ろしさにビビって「ひぃ!」なんて間抜けな声を上げてしまった。情けない。

「とにかくさっさと逝け」

刹那、足元を支えていたものがフっと消える。次に全身を襲ってきたのが気持ち悪さを覚える浮遊感だった。昇りきったジェットコースターが一気に落ちる瞬間のあの感覚、という例えが適当なのかもしれない。ぶわあ、滲み出た冷や汗に唾を一飲みする。足へと目を動かすとさっきまであった固い床が跡形もなくなっていて、真っ黒な穴の上にわたしが立った姿勢のまま停止しているだけの状態となっていた。これは要するに、というか……

「ぎゃああぁあああーっ!!!」

落ちてしまうわけだ。人間が空を飛べるわけもない。あの閻魔大王の真似をしたおじさんはわたしを、死んで尚もう一度殺すつもりらしい。鬼畜だ。今度会ったら絶対にあのデカイお腹に腹パンぶちこんでやる!







そうして振り出しに戻るわけだ。

「なんでこうなるのぉおおおっ!!」

叫んだって答えをくれる人がいるのかと聞かれれば、そんな人居るわけないでしょと逆切れしてしまうだろう。ゴメンなさい今のわたしは精神的にまずい状態なのだ。とは謝ったものの、どうせこのまま死ぬのだろう。もっともこんな状況で反応してくれる人なんているわけが、

「愚問だな、貴様が悪事をはたらいたからだろう」

居た。なんか居た。
未だ浮遊感に襲われ続けているわたしのすぐ真横で聞こえた独特の声。反射的にそっちへ顔ごと向けたら、広がった紫に悲鳴を上げてしまった。

「うぎゃああァアァ!!誰ですかあなたー!!」

喧嘩っ早い性格が幸いして右拳がその紫に直撃した。耳元で囁くな。どうだ思い知ったかこの変態紫マンめ!死ぬ前に痴漢を撃退したという快挙に心の中で喜んだのも束の間、紫の人は顔色ひとつ変えることなく(というか痣すら作ることなく)片方の唇を吊り上げ、怪しい笑みを浮かべていた。

「いい突きだ、小娘」

マゾヒストですかあなたは。返答が恐いから敢えて質問は控えたが、その言葉と共に突然何かがぐるんとわたしの体に巻き付いてきて落下が止まり「うぇぷっ」と変な声が上がってしまった。
てか、これ。巻き付いてるこれ。え、この人の背後から生えてる気がするんだけど。腕じゃないよね明らかに。なんですかこれは。ひんやりと冷たいそれに嫌悪感を抱きつつ紫の変態さんに「助けてくれてありがとう」とお礼をしようとした。実際はしようとしただけでそれよりも先に紫さんが口を開いたのだ。

「オレの名はクウラだ。クウラ様と呼べ。貴様もオレの質問に答えてもらおう、さもなくばその体はオレの尾でへし折ってやる」
「尻尾………」

尻尾でしたか。
あまりの衝撃的な事実に吐き気すら感じ、とうとう意識を手放してしまった。ぼやりと霞んでいく視界の中、さっきの閻魔様の顔が浮かんできて、いつか必ずあの大きいお腹に落書きして腹踊りさせてやると心に決めた。

あいつ本当に許さない。


130507