テキスト | ナノ

ナマエはもう目を覚まさない。何度も夢だと、そうであってくれと自分に言い聞かせた。しかし白いベットの上で安らかすぎるほど目蓋を深く閉じたそいつが視界に飛び込んできた時、残酷にもこれが現実だと悟ることとなった。言葉で例えるならば、どん底に突き落とされたような、とでもいうのだろうか。心臓を抉り取られたみたいな痛みが、オレの身体を蝕んだ。

「…バーダック。ナマエがこうなったのは、別にお前のせいじゃ…」

静寂の中に響いた、慰めの気持ちで放たれたセリパの言葉。それによって何故ナマエがこうなったかを思い出した。
制圧をせよと命が下され向かったとある惑星でのこと。任務の資料など普段からあまり目を通さなかったが、トーマから手渡されたそれを適当に見てふと目に入ったその惑星の異星人の平均戦闘力数値は、オレが大猿化した時とほぼ互角かそれ以上だった。危険だということなど分かっていた筈なのに、油断したオレがバカだったんだ。目前の敵一人に気を取られ、背後から迫る化物に気付けなかった。漸く気付いたときには、ナマエはもう……真っ赤に染まっていた。オレを庇ったと頭で理解したのは、それから何秒後だったか。

「オレのせいだろうが…」

捻り出した言葉が無機質な病室に響いた。発した瞬間、押し潰されるように苦しくなった喉。いつものオレからは想像もつかない姿だ。我ながら呆れるが、今はそんなことはどうでもよかった。心配そうに顔を覗き込んでくるセリパも、わざと視線をオレから外すトーマ達も。何もかもがどうでもよくなっていた。

「バーダック…」
「悪ィ……ナマエと、二人にさせてくれ。」

それが今出来る精一杯の頼みだった。情けなく震える蚊の鳴くような声に自分自身驚いた。項垂れたままのオレの言葉を聞いてトーマやセリパ達は渋々頷いて出て行った。足音が次第に小さく、遠くなっていく。本当に悪いな。こんな我が儘、今回だけだからよ。

ナマエとオレは幼馴染みだった。ガキの頃からずっと一緒で、慣れ合いを好まないオレが唯一兄妹みたいに仲良く育った女だった。口下手で喧嘩っ早くて、だがどこかあたたかくて。そして何より強く優しいサイヤ人だった。思い起こせばナマエと喧嘩して勝った事は一度も無かった気がする。強い彼女に憧れた。サイヤ人としての誇りと強さを持ち合わせたナマエに、一人の戦士として憧れていた。そうしてあいつへの気持ちがいつしか恋に変わっていたなんて、今更笑い話にもなりゃしねぇ。
今回の制圧で初めて同じチームになれた。ナマエは下級戦士のくせに上級戦士と同じ難易度の高い任務についていたし、オレやトーマ達とは一度もチームを組んだ事は無かった。やっと、近付けたと思ったのによ。

「また、手が届かない所まで離れていきやがって…」

白い頬にそっと触れる。肌を滑る指から伝わってくる温度はあたたかい。あたたかいのに、こいつはもう目を覚まさない。植物状態。なんと残酷なものなのだろう。いつの間にか頬を生温い何かが伝っていた。ぽた、と落ちたそれが涙だってことは、すぐに理解できて。

「まだ…気持ち伝えてねえのに」

バダは笑ってるのが一番好き。いつかナマエに言われた言葉だ。そういえばそんなことも言ってたか。無理矢理、笑ってみる。一生懸命。例え作り笑いでも、無いよりはマシだろ?

しかし、


「やっぱ無理だ…笑えねえや…っ、」

笑おうとすれば、視界を掠めるナマエの笑顔。もう見ることのできないその表情を考えただけで顔が歪む。お前が好きと言ってくれた笑顔も、これからどう作っていけばいいのか分からない。

「…ちくしょう」

ああ、神様とやらがいるならば今だけ土下座でも何でもする。何でもしてやるから。

「ナマエ…っ、」

帰ってこいよ。また笑えよ。うざいくらい明るく。その為なら、手足だろうが心臓だろうが、どんなもんでも捧げてやるから。本来こうなるべきだったのは、オレの方なのだから。もう二度と動くことのない彼女の唇に、触れるだけのキスをする。その瞬間、目尻から伝った涙が、ナマエの睫毛に落ちて流れた。

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