テキスト | ナノ

あいつを見てると苛々する。というか、毎日どんな状況に於いてもニコニコしてるあの表情を見てると、って言い換えた方がいいのかも。

「や、久しぶりだねナマエ」
「げ」

朝の六時三十分。いつものように起きて顔を洗う為に洗面所に向かったら、わたしの一番大嫌いで苦手な奴がドアの手前にたっていた。毎度毎度、当たり前のように部屋に入ってくるからもう驚かないけれど、以前トイレで待ち伏せされていた時はさすがに悲鳴を上げた。いつもと変わらない笑顔で「おはよう、気分はどう?」なんて聞かれれば、片眉をぴくんと上げて「最悪です」と返したくなる気持ちを抑える。ちくしょう、部下の部屋に不法侵入してくるこんな男が上司なんて絶対認めたくない。

「なにか用でも?」
「ツれないなぁ、せっかく俺が会いに来てあげてるのに。」
「それはそれは、ありがとうございます。」
「フフフ、」
「出口はあちらです。」
「あはは、本当に君は面白いなあ。」
「いたたたた!!すみません存分に寛いで下さいだから頬っぺつねらないで!!」
「餅みたいだね」
「失礼な!」
「……」
「いったたたたたごめんなさいぃ!!!」

わたしはこいつに逆らえない。理由は単純に部下だからだ。それ以上でも以下でも無いのに、なぜかたくさん居る部下の中からわたしだけにちょっかいを出してくる団長、神威さんは、毎回わたしの反応を楽しむように色々な意地悪をしてくる。今だって「離して下さい」と言うわたしを無視して頬っぺをぐにゃぐにゃ歪ませながら「変な顔」とか言ってケラケラ笑っているのだ。これがまた強い力でやるもんだから結構痛い。力の加減というのを知らない神威さんに、ぜひとも阿伏兎さんからキツイ説教をして欲しい。もっとも、彼が反省してくれるなんて期待はこれっぽっちも持ち合わせて無いけど。

「ねぇ、お茶まだ?」
「はいただいま〜(ちっ、早く出ていけっつの。)」
「何か言ったかい?」
「いいえ」
「ふーん、そう」

朝の九時二十分。図々しく部屋に押し入っていた神威さんは、わたしの朝食と昼食分にとっておいた食料を全て食い尽くして椅子にどっかりと座って「お茶ちょうだい」と偉そうに言った。死ね、と言い返せればどんなに幸せなんだろうと思いながらお茶を作っていたら、スピードが遅かったのか急かすようにまだかと聞いてくる。ああ、そろそろ第七師団から違うとこに転職しようかな。それが駄目ならせめてこの男を阿伏兎さんみたいにバカ団長って呼んでやりたい。

「どうぞ団長」
「不味そうだね」
「…(死ね、アホ毛野郎)」
「ぐえ、不味い」
「なら飲まなきゃいいじゃないですか。」

バカ団長、と心の中で付け足しながら、冷蔵庫で冷やしておいた大きめのペットボトルに入った烏龍茶を飲み口から直接喉に流し込んだ。あー冷たくて美味しい。このまま全部飲み干そうと思った次の瞬間、わたしの手からペットボトルが軽々と奪い去られた。え?何があったの?慌てて視線を泳がすと、目の前に座っていた神威さんの手にはつい今までわたしが飲んでいた烏龍茶のペットボトルがあった。

「か、返して下さいよ!」
「俺には不味い茶を飲ませて、君だけ美味しいの飲むなんてズルいじゃないか。」
「他人の朝食と昼食を食べたあなたはズルくないんですか。」
「だって俺は団長だヨ。」
「職権乱用反対。」
「いいじゃないか、細かいことなんて気にしないでよ。」
「細かくないです…って、飲まないで下さい!!」

注意した時にはもう遅くて、飲み口に唇をつけた神威さんは勢いよくゴクゴクとお茶を飲み干してしまった。ペットボトルの色が透明になる。透明越しに見えた神威さんの青い目が、勝ち誇ったみたいでムカついた。

「なんで勝手に飲むんですか。団長の意地悪!」
「こうすればさ、」
「こうすれば?」
「間接キスになるだろ?」