「ねーデイダラ」
「あァ?」
工作中の彼は不機嫌だ。
というのも、集中力を削がれるのが原因なのかこの組織の芸術家さんたちは部屋の中で籠っている時に話しかけると決まってドスの利いた低い声で返してくるのだ。実のところ今日だってこうして声をかければ、返ってきた答えがあきらかに不機嫌な声色だということがドア越しからでもわかった。はあ、とひとつ溜息を吐いてからわたしは言葉を続ける。
「入ってもいい?」
「………」
無言は肯定と捉えさせてもらうわよ。ドアノブに手をかける。失礼します。そう言いながらドアを開けると、窓際に置かれた机に向かって作業に没頭する彼の姿が視界に入った。集中してる集中してる、なんて思いつつなるべく音を立てないようにして適当な場所にしゃがみ込んだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
日に照らされて、デイダラの金髪が明るく光る。いつ見ても綺麗な髪の毛だ。わたしも一度はあれくらい明るい色に染めてみたいけど、勿論そんな勇気ないしそもそも髪を傷めてまで変色させたくはない。いいなあ。デイダラは地毛なんだよね、あれ。それに比べてわたしのは、
「オイ、さっきから何ジロジロ見てやがんだ、うん」
「……おう」
しまった、わたしとしたことがすっかりデイダラのことをガン見してしまっていた。これじゃあまるでわたしがデイダラのこと好きで、なんか少女漫画みたいに「ああかっこいいなあ、○○くん素敵」「なに見てんだよ、恥ずかしいだろ」「いやん」みたいな展開になっちゃってるじゃん。やめてよ別にあたしはデイダラのことかっこいいなんて微塵も思ってないんだからね好きだけどさ。好き。え、そうなの?
「好きな、の…?」
「!?」
うお、なに口走ってんだ。
「いや、えーと、す、好きなタイプの女はなんなのかなーって思ってさデイダラの!」
「いきなり何なんだ?テメェは…」
「うっせーさっさと答えやがれください」
「……」
失態の連続とはまさにこれだね。それこそ少女漫画のヒロインみたいな感じで照れて顔でも赤くすればよかったか。
こんな質問右から左にラリアット、かと思いきや作業の手を止めてわたしの方に体を向けながら腕を組んでみせる。いい加減にしろの一喝でも食らうかと身構えたけれど、デイダラは淡々とわたしの質問に答え始めた。
「うーん…やっぱまず顔は見るだろ」
「(うっ)」
ナマエ、ド頭から失格。
「あと性格は当然物静かで言葉遣いもしっかりしてて、オイラの作業を邪魔しねえ奴がいい」
「(ぐはっ)」
性格すらわたしの真逆系統。あれ?これ脈ナシどころかむしろ嫌いなタイプ寄りじゃない?
「スタイルは勿論いい女が最高だろ。うん」
その言葉に促されて自分のお腹を触ってみる。うん、最近太ったから普段の二倍くらいぷにぷに感あるな。ゲハハ!わたしの恋は終わったぞ!
「へ、へーえ!じゃあ、デイダラに好きって思ってもらえるように、精一杯ダイエットにでも励みますかなー!」
「ハァー?」
「性格もこうガラッと変えて、」
「ちょ、待てよナマエ?」
「しばらくデイダラの部屋には来ないようにするし!」
ノリとはいえ好きなタイプを聞けただけ大きな収穫だ。わたしは何かをもごもごと言うデイダラに背を向けて「じゃ!」と片手を上げて部屋を出た。出た、つもりだったんだけど、気がついたら腕をがっしりと掴まれていた。強い力に反応して振り向くと、そこにはデイダラの姿があった。あれ?なんか、顔赤くないですか。
「待てっつってんだろナマエ!」
耳まで真っ赤にして、わたしから少しずれたところに視線を投げるデイダラ。なにか言い残したことがあったのかい。ああもしかして更に胸がデカイ女も好きだとかそういうことを付け足そうとしてるんだろうお前は。貧乳のわたしに対する宣戦布告かコノヤロー。なによと呟きジト目で睨んでやる。すると彼はようやくわたしを見た。
「なんでオイラの好きなタイプになろうとするんだ?」
「…(そこに気付くとはやはり天才か)」
「答えろナマエ」
「……えー、と、あの、サソリさんが知りたがっ」
「オレの目を見て言ってみろ」
どきんと心臓が高く跳ねた。うわあ、たまにデイダラが言う「オレ」に弱いわたしを知ってか知らずかこんな至近距離でまっすぐわたしを見てそれを言わないで下さい確信犯ですか。悔しさに下唇を噛み締める。なにが悔しいって、こんな爆発馬鹿をちょっとでもかっこいいって思ってしまったことがたまらなく悔しい。言われた通りに彼の目を見ると、それはいつもの悪戯っぽい色を浮かべている瞳ではなく、心臓を射抜くような澄んだ青色の瞳だった。
「……でーだら、の」
「ん?」
「デイダラの、こと、が、すき、なんだよこのバカヤロオオオオ!!!!」
「い゛っ!!」
無意識に右拳がデイダラのわき腹に炸裂していた。いかん、防衛本能でつい。ていうかいま自分、好きって言ったよね。言ってしまったよね。だとしたらこれ人生初の告白だったのに。なんてこった、好きだと言った人に思いっきり強烈なパンチを決め込んでしまった。人生最大の汚点だ。もうお嫁にいけないよ。
「てめ、っこの!」
「ぎゃっ!!」
起き上るやいなや、デイダラは素早くわたしの背後をとると腰と脇を指先で擽りだした。途端に上がる女らしさの欠片もない声に、我ながら呆れる。
「ギャアッハハハアァ!やめてええっ!!」
「オイラに腹パンブチ込みやがって!!危うく昼飯が出てくるところだったじゃねえか!!うん!」
「ごめっんて!ごめええぇ、や、やめろコラアァははッ!!」
なんだこの小学生みたいなバトル。ていうかデイダラ思いっきりわたしの腹肉掴んでるし。また太ったかなんて耳元で囁かれても殺意しかわかない。どうせわたしはアンタの理想の女にはなれませんよ。そんな風に心の中で不貞腐れるにも、馬鹿馬鹿しさを感じてしまう。みじめな気持ちから溢れだす涙を、笑い泣きのせいにした。
数分擽り、デイダラも満足をしたのか手の動きをぴたりと止める。そのままの体勢で動かない彼を不思議に思い振り向くと、デイダラは突然背後から腕をまわしてわたしを自分の方へと引き寄せた。これって、抱きしめるっていう状態だよね。
訳も分からず、ただただ自分の早くなっていく鼓動に気付かれないように身を固めるわたし。すると左肩に彼の額がこつんと押しつけられた。なんだろう、すっごく心臓がバクバクいってる。
「…お前、」
「……」
「オイラが好きだって、言ったかい」
「うっせえ黙れ腐れ外道」
「言ったろ、オイラは、」
「わかってる!性格よし顔よしスタイル抜群のお嬢様がいいってことぐらいわかってんのよ!ぜーんぶ真逆でごめんなさいね!別にアンタみたいな爆発愛好家とイチャイチャチュッチュキャピキャピしてラブラブしたいなんて思ってな、」
それ以上が言えなかったのは、よく分からないけどたぶんデイダラのせい。肩をガシッと掴みわたしの体を自分と向かい合う形にするとさっき見つめ合った青い目が、いきなり1cmあるかないかくらいの距離に近付いてきて、思わず瞳を閉じたら言葉が出せなくなった。口を塞がれたんだ。誰に?…デイダラに。何に?ゆっくりと目を開けると、伏せられた睫毛と、金色の眉毛が視界に入ってきた。唇に重ねられた、やわらかいそれ。ああ、つまり、そういうことか。
それから何時間が経ったのだろう。実際はきっと数秒しか経っていないのだろうが、わたしにしてみれば1時間はあったんじゃないかと思うくらい長い時間だった気がする。この時間が、ずっと続けばいいとさえ思っていた気がする。
離れていく彼の唇に名残惜しさを感じながらも、その目をじっと見つめた。するとデイダラはこの甘い時間を引き裂くように重たい溜息を吐きだした。
「はーああ…」
「はあ?え?」
「お前やっぱ何も聞いちゃいなかったか」
「な、なにが?」
熱く紅潮した頬を抑えながら、ぎろりと睨みつける。そんなわたしにもう一度溜息をつくと、デイダラはわたしと同じように頬を赤く染めて、こう言った。
「オイラが好きなタイプは、確かにそういう女だけどよ」
「……」
「恋人にしたいタイプは、目の前にいる男みてェな女だっつったんだよ!うん!」
「………お?」
「お?じゃねぇよ!」
「でも、てことは、その、デイダラの好きな女のタイプになれば、もっと好きになってくれるってことでしょ?」
「別に、ンなとこの一致は求めてねェ」
「え?は?」
「ただオイラが好きなのは、お前なわけで、」
「だ、だから?」
「お前はお前のままでいいしそれが好きなんだから、別に変わらなくていいっつーか…言わせんじゃねぇよ馬鹿が!」
今度はわたしが腹パンされた。ぐえっと変な声が出る。ええっとこれはつまり、両想いってことでいいのかな?質問すれば、だから言わせんじゃねェと言って返答の代わりに再び唇がくっついた。少女漫画も、案外捨てたもんじゃないね、こりゃ。