世間はお昼時。暖かな日光を浴びてお弁当を広げる姿があちらこちらに目につく。だけどそんな俺は、潮時。

「え、そっちの人なの」
顔を引き吊らせながら言った。分かりやす過ぎだ。
「大丈夫おまえ趣味じゃないよ」
簡易な社交辞令を与えてやれば本気でほっとしてる姿が憎らしい。いっそのこと犯してやろうか、なんて。
しないし、つか出来ないし。何気に距離遠くなってるし。

お昼時、俺は危機的状況下におかれていた。

「じゃあまたな」
無理矢理つくった笑顔で俺から離れていく。
もう今までの様には近寄って来ないんだろうなと思ったら死にたくなる。

「…どうしてこうなったよ」
実際、俺が馬鹿だっただけで誰にも非なんてない、唯一無二俺が悪いのだ。
だけど、だけどさやっぱりさ違くないか、いいや俺が悪いよ分かってるよ俺が悪いことぐらいでも淡い期待を抱きたくもなるものだ。

『好きなタイプ?どっちの?』
たったの一言だ。どうして二択なのでしょう。一言にこれだけの殺傷能力があるとは思いもしなかったし、胸がズキズキと痛い。本当に余計なこと言った。ばかだなあともう一人の自分がゲラゲラと笑っている。ムカついたのでそいつの顔面を思いっきりぶっ飛ばしてやった。

気が付けば溜め息が零れる。後悔が止まらない。どうして誤魔化さなかった、まだ逃げ道はあっただろうにどうした。そんなことを考える。

思わず頭を抱えて座り込む。
「はあああああああ」
「深い溜め息だね」

後ろで声がした。驚きながら振り返ると知った顔がそこにあった。同期で古くからの友人でもある斎藤礼(サイトウレイ)22歳。細身でインテリ臭が漂ういかにも女子受けの良さそうなやつ。

「なんでいんの」
「偶然」
「聞いてたわけ」
「まあぼちぼち」
「最低」

すると座り込んでいた俺の背中に腰を下ろしてきた。悠然とポケットから煙草を取り出し火を点けて一息吹かしやがる。

「…どうゆうつもり」
「吸う?」

先程のそれを俺に差し出してくる。いやまて、今お前それ吸ってなかったか。そんなことを思いながら俺の手はそれを有り難く受け取っていた。吹かして気付く。

「お前煙草変えたんだ」
「そうだね」
「俺と同じ」
「へえ、そう」

煙がゆらゆらと漂う。後悔は未だに俺の中で蠢いている。知らずのうちにまた溜め息が出た。

「あいつ好きなの?」

煙に噎せて咳き込んだ。唐突に聞いてきて、皮肉にも確信を付いてくるところが憎らしい。「ああ、図星?」後ろで鼻で笑うかの様に小さく言ったのが聞こえた。むかつく。
彼は俺の性癖を知っている。それでも今まで通りに接してくれた数少ない友人でもあるのだ。表情の無い澄まし顔で『あっそ』と味気のない返事をされたのを覚えている。彼の時も何かへましてカミングアウトしてしまった気がするが全く覚えてない。

そろそろ昼休みが終わる。彼をそれを察知したのだろう、俺が言うより先に背中から離れていった。そして俺を見もせず、そして別れの言葉さえ無いまま去っていった。そうゆう奴なのは承知しているから特に何も思いはしなかった。

社内に戻れば必然的に顔を合わすことになる。そりゃあ、あいつだろ。凄く気まずいもういっそ空気になりたい。

「萩野、これお願いね」

大丈夫か、俺の眼球は飛び落ちてないだろうか。何もなかった様に声を掛けてきたのはいつものあいつだった。ああ、はいと切れの悪い返事をして受け取って、歓喜する。素晴らしい笑顔をしていた。もう死んでも良いかもしれない。そして我に返える。弁解をしたかったのだけど何を言えば良いのか分からなくて、口混もってしまった。だけどそれを察知してくれたらしく「ああ、大丈夫だよ。別に誰かに言ったりとかしないから」と笑顔で答えてくれた。俺はほっと胸を撫で下ろし、解放された気がした。

「それで貴方は何満足してんの」
「え」
帰り道で礼は不機嫌気味に言った。意味がわからない。
「好きだったんじゃないの」
「え、でも嫌われてなかったし」
「呆れた」
どうして彼に呆れられなければならないのだろうか。いつもに増してむすっとした表情が恐ろしい。いや別には恐くないけど。

「抱きたいとか思わないの」
思わず吹き出す。唐突に何を言いやがりますかお前はどうしてそう毎回唐突なんだテンパりすぎて言葉が出てこない。深呼吸をして冷静になってみる。
「思わなかった」
「貴方は乙女か」
「いやだってなんか見てるだけで癒されるっつーかなんか恐れ多いっつーか、そんな感じで」
「拍子抜け」
「は?」

彼は行く足を早めて俺を追い越すと先程までの物騒な顔が微笑みに変わっていた。またね、と背を向け彼は先に帰っていった。
「またね…?」
何か嫌な予感がした。



家に帰ってみると何かおかしい。どうして電気が点いているのだろう。
「やあやあ」
「…だと思った」
顔を覗かせたのは紛れもなく先程別れた礼だった。長く付き合っていれば何かと分かってくるものだ。あの顔は何か企んでる時の表情である。本能的に鳥肌が立つ程までにも今まで散々な目に合って来た事実は忘れることはないだろう。冷めた風貌を他所に案外やんちゃなのである困ったものだ。

「…何企んでんの」
「何も?」
ふふと小さく微笑んで何やら楽しそうである。まあそんなとこ居ないで座りなよと我が家気取りで偉そうだ。
ワンルームの狭い部屋には物が犇めき到底座れるスペースなどない。俺はベッドに腰を下ろして彼にテーブル前を勧めてやる。暫く無言が続き、彼は何も言う気は無さそうだ。気の短い俺はもう待てなかった。
「お前は何がしたいわけ」

「セックス」

聞き取れなかった。
違う、そんなわけないちゃんと聞こえた。
「…は、あ?」
「もっとさ良いムードが欲しいよね」
「いやいや、なに言ってんのか」
近寄ってくる。どうして俺ベッドに座ってるのだろう。押し倒された。
「なんか乙女チックな事言ってたから嬉しくなった」
「も、もっと詳しく」
「俺 貴方の事好き」
「なるほど」
何納得してんだ、自分
「鹿沼に気は無かったみたいだし、いいよね」
「よくねーよっ」
鹿沼は俺達と同じく同期で小さくて子犬みたいで愛嬌のある可愛いやつだ。確かに好きだけど、好きだけどさ、好きなんだよね。可愛いし。

起き上がろうとした。だけど許されなかった。
「…俺の事嫌い?」
言葉に詰まった。どうだろう、考えたこともなかった。
そして彼は不気味に笑った。
「まあそんな事どうでもいいよ」
服を脱がし始め、器用に両手を縛り上げてしまう。状況が理解出来ない。
「ちょ、っとまっ」
服の中に手が滑り込み、腹をなぞって乳首を引っ掻かれた。思わず目を瞑った。
「どうしたの?」
意地悪な表情で言う。そしてゆっくりと胸を這う舌先が突起に触れ押し潰し歯で柔らかく噛まれる。彼の右手はゆっくりとズボンの中へ入り込んで、俺の性器を握り擦り出す。先端からは透明な液が溢れだしてぬちゃぬちゃとやらしい音が響き出した。こする速度は徐々に速くなってゆき、先っぽを押されて堪らず声が出た。
「あ、…そ、こやめ」
「やめなーい」
子供みたいに言う。

この状況は本当にいきなり過ぎて、頭が混乱している。まったく理解してない。一体どう言うことだよ。そんな気もなかったし、完全にスイッチ入ってないし、だけどそんな風に触られちゃ無理って話だ。
「やば…あっあ、でるって…」
「それはだめ」
ぎゅっと締められた。完全に煽られてしまった俺は、射精を遮られて悶えてしまう。遮られたまま性器にそっと息を吹き掛けられ発狂しかけそうになる。限界を超えた俺は羞恥に身を赤らめながら堪らず腰を振ってしまった。
「はあ…はあ…あ…はあ」
「腰なんか振っちゃってどうしたの」
彼は右手で根元を絞めながら上半身をぺたぺたと愛撫して舌を這わせる。俺の頭は射精の事で一杯だった。彼は仕方ないなあ、と呟いて少しだけ揉みしごいた。
「ふ…はあ」
「はい終わり」
なんて奴だ。本気で少しだけ触れて止められる。焦らされてもう限界だった俺は乳首を苛めていた彼の頭を腕で抑え込み、彼の腹部を性器をさすりつけた。彼は呆気に取られていることだろう。
「はいへー」
「…どっちがだ、よっ」
抱え込んでいるので彼の声は混もっていて聞き取り難かった。最低、そんな所だろう。
腰を押し付けると硬い腹筋にあたる。荒く息を切らして行為に耽れば冷たい視線がじりじりと突き刺さるようだ。知らないよ、俺知らないもんね。やっと自我が戻ってきたようだ。

あの時どうして弁解しなかったのか、わかった。それはきっと受け入れて欲しかったからだ。淡い期待を抱いたのだ。いつだって俺はそれを望んでいた。小さな期待を抱き口を開けば大きな後悔だけが残って、期待なんて持たなければいいのに。それでも俺は誰かに受け入れて欲しかったのだろう。

力を緩めて脱力すると解放された彼は静かに俺を見た。視線が交わり眼球を視姦する。

「…嬉しかったんだよ」
「なにいきなり」
「俺の事お前は興味無さそうに聞いてくれただろ。あそこは退くとこだってのに」

思い出せば笑いが込み上げる。
「んで、今度は俺の事好きだとか言いやがるし。意味わかんねーよお前は」


「何、泣いてんの」
礼がいった。

「…嬉しかったんだよ」
「あっそ」

真顔で返されれば行為を再開する。手首をほどかれて先程の荒々しさが無くなったのはどうゆうつもりだろう。秘部を解す手付きが慎重で優しく感じる。彼は自らの肉棒を取り出しゆっくりと柔らかくなった秘部に押し当てた。

「いれるけど、どうする」
「…なんで聞くの」
「…なんとなく」

聞いた癖して彼のそれは硬く反り立っていては配慮も糞もない。
「はやくいれろよ愚図」

勢いよく突き入れられる。本当に幼稚な奴だと思う。徐々に埋めてゆけば圧迫されて気持ちが悪い。荒い息と共に言葉が響いた。

「ねぇ萩野…俺と一生付き合ってよ」
俺もつくづく幼稚な奴だ。
「死んでから考えとくよ」
「貴方に嫌われたら生きていけないんだけど」
そのわりには嫌われるような事ばかりしているような気がしないでもない。活動していた思考は限度を越えた痛みに耐えかねて真っ白に消滅した。

ガクガクと力が抜けるまで繰り返し、彼の腕に包まれて温かい。満たされているようだ。それが何かは分からないし、分からない方が良いような気もするから、気付かぬ振りをした。視界がぼやけて気が遠くなって、意識の狭間に彼が耳元で囁いた。

「ごめんね…」

何がごめんだ、そんなの今さら過ぎる。だけどその声があまりに切なげだったから、許してしまいそうになる。腕を回して彼の後頭部を抱き締めた。
「いいから、泣くなって」
そのまま俺は目を閉じた。

前もこんなことあったなあと思い返す。昔こいつがおれの大事にしてた雑誌を捨てたことがあった。それには好きだったスポーツ選手のサインが書かれてあって、他から見れば単なる古びた雑誌だったけど俺にとってすごく大事にしていたものだった。なのにそれを謝りもしないで「たかが雑誌だろ」ってだけ言い捨てたあいつにカチンときて、俺はムキになって怒鳴り付けてしまった。俺もあいつも強情だからそのままケンカになってそれから暫く口も聞かない日が続いた。
でもやっぱこのままじゃいけないと思ったし、あいつに悪気があったわけじゃないのも分かってたから謝りに行くことにしたんだ。家に行ってチャイムを鳴らすとあいつが出てきて、吃驚したように目を見開いて俺を見た。そして泣き出した。唇を噛み締めて必死に我慢しながら瞳に溢れそうな程の涙を溜めて『ごめん』と小さな声で言ってきたのだ。強情にも程があるだろと呆れ返ったのをすごく覚えている。いつまで経ってもかわらない、まったく困ったやつだ。

目を覚ますとまだ夜中だった。目を凝らして時計を見ると時刻は3時過ぎ。ベッドは広く、見渡してみたが誰も居なかった。もしかしたら全て夢だったのかもしれない。そんな期待を抱きながら、体が重たく悲鳴をあげているのがわかる。
だけど心は至って穏やかだった。不安も恐怖もまるで感じられない。

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