17 さいごのていこうとしてせいいっぱいのえみをうかべた
 

思えば、もうその時俺たちは既に混沌の世界から逸脱していたのだ。俺たちの世界が崩壊しかけていた。だから修正する為に外野が茶々をいれたのだ。

後に奴らは俺たちに赤子の声を聞かせた。それはなんの前触れもなく現れ、俺たちをゆっくりと侵食し、跡形もなく飲み干した。そして気づくと俺たちは体の一部を失っていた。
つまり外野は俺たちに暴力という秩序を与えた。それはとても自然で合理的だ。けれど、彼らは間違った。その為に、彼らは俺たちに不利益な情報を与えてしまった。

まず、赤子だ。きっとこれはこの文章に書かれている赤子と同一人物である。根拠は声。赤子は俺たちに話しかけてきた。

くらい、さむい、ここから出して、おとうさん。

これは閉じ込められた赤子と、その後に自殺した父親が関係している。

そして、世界の矛盾。赤子が生まれる世界と
生まれない世界。人が死ぬ世界と死なない世界。研究所の有無。
つまり、あの文章が今いるこの世界とは別の世界で書かれたものだ。

例の文章の書かれたノートを開き、その表面をなぞれば、うっすらと鉛筆の炭素片が付着する。紛れもなく、これは現実に存在している。これは貴重な資料となるだろう。
このノートは、偶然にもこの工場の本棚の隙間に挟まっていたものだ。そんな偶然もあったものだなと思ったところで、思考を一時停止させる。いや、そんな偶然があるものだろうか。こんな運命的な出会いがあるのだろうか。例えば、それが偶然じゃないとすれば。それはきっと、意図的、若しくは、誰かの手によって持ち込まれたということ。そんなことが出来る人物なんて、それを可能にしてしまえる人物なんて、それは彼しかいない。
もう一人の住居人。

そして、謳歌は目を瞑る。周囲に神経を集中させる。嫌な予感がした。背筋が冷たくなるような、緊張感に包まれる。
誰もいないはずのこの場所に微かに揺れる気配を感じた。誰かいる。振り向かず目を瞑ったままそっと両手を挙げる。

ここは騒音の大工場。俺だけの支配領域。たとえそれが天下の神達だってここに踏み入れるのを躊躇する。あらゆる場所に様々なトラップが仕掛けられているため、簡単に侵入出来る筈がない。だというのに、目の前の無造作に並べられた無数の液晶の一つが光を放った。謳歌は舌打ちをする。映し出された液晶にはソファに凭れる謳歌と、その後ろに片手を突き出して佇む人影があった。その手に握られた拳銃が、鈍く光る。

「最悪……」

謳歌は屈辱に顔を歪め、最後の抵抗として精一杯の笑みを浮かべた。




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