16 きっと俺はこの世界の誰よりもこの世界を知っている
 

『ある日、男は地下にある小部屋に一人の赤子を閉じ込めた。扉の向こうで泣き続ける声が聞こえる。何かを懇願するような、啜り泣くような、そんな声音で呼び止めているようだった。冬の寒さに震える指を握りしめて、凍りついた足を踏み出したのに、地下を出てもその泣き声は反響して鼓膜を震わせた。
そして、男は最上階の自室に籠り、鍵を掛けて自らの首を吊った。


今、男の住んでいた研究所は封鎖され廃墟となっている。
私はその廃墟へと立ち入り、その最上階の部屋へと向かう。だけど、そのような部屋は見つからない。あったのは一枚の扉だけ。たった一枚の扉だけが青空に照らされていた。その先には何もない。通路が途切れてしまったかのように、壁の穴を塞ぐだけの意味のない扉で終わっていた。どうぞ飛び降りて下さい、とでも言っているかのようだった。
私はそっと扉を閉めて次に地下へと向かう。けれど案の定見つからない。地下への階段を見つけることなく、私は研究所を後にした。』


なんだかなあ、と謳歌は溜息を吐き出す。誰もいない自室でソファを凭れかかりながら明かりの点いていない照明を眺めた。
そこに記された出来事はひどく不格好で不明瞭だ。
ここに記されていた赤子とそれを閉じ込めた男。そしてこれを書いた男。彼らは何者なのか。いや、それ以前に子供の生まれないこの世界で赤子が存在し、研究機関のないこの場所で研究所の名を口にして、死ぬことの出来ないこの大地で自殺したなんて。

俺は世界を監視するこの部屋で、たくさんの真実を見てきた。きっと俺はこの世界の誰よりもこの世界を知っている。自負することなく確実に正確に。
俺は知っている。一月に一度、毎月同じ日に、必ず赤い夜はやって来る。雲に擬態した生物が極限まで体を膨張した後に勢い良く弾け飛ぶのだ。飛び散った臓腑が空を赤く染めて雨となって大地を黒く汚して、けれどその瞬間を神は把握することが出来ない。初めから存在しなかったかのように姿を消してしまう。彼らが消える瞬間、粉のような膜が彼らを覆ったのが見えた。それはテレポート時に起こる微細の発火現象に酷似していた。きっと彼らは強制的に神居に戻されてしまうのだ。
では一体それは、何故か。そんなの、赤い夜が神にとって都合が悪いからだ。神にとってこちらの大地は酷く不衛生で不快な場所だと常識として認知されている。けれどそんな常識はここにはない。あくまで外野だけの詭弁は己を騙す為にあるようなものだ。誘導されている。知らぬうちに第三者によって神がこちらの大地を踏まないように、制限を掛けようとしている。
なんせ、神の処刑場なんて見せられる訳がないからだろう。罪を犯したところで頂点である神を裁けるものなど存在感しない、そんな規則の中で均衡を守る赤い夜。
初めから不自然だった。人間が暮らす大地で唐突に起こる惨劇に、当の人間は何一つ関与していなかった。傍観者でしかなかった。
それに気付いた時、俺はざまあみろと腹の中で笑った。確か蒼も一緒だった気がする。あいつもそれを見て腹を抱えて笑い転げていた。



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