13 こねこはきばをむきだして、らいめいのふるえるゆびにちいさなあなをあけた
 

「遅せーよ、雷鳴」

見上げても目視が不可能な程、遥か上空に神々の暮らす場所、神居がある。主体移送装置の扉を開けると待っていたと言わんばかりの銀髪の神、咆哮が柱に背を凭れて立っていた。その明るい髪には不釣り合な漆黒の軍服姿だった。
雷鳴と呼ばれた、柔らかなブロンドの長い髪した女は無関心そうに目をやっただけで、何も言わずに過ぎ去ろうとする。咆哮は、その白く細い手首を掴む。

「なあ、お前何か隠し事してんだろ?」

挑発でもするように、その口は歪んだ笑みを浮かべていた。

「怪しーと思ってたんだよなー、あんな場所に行って、しかも頻繁にだって言うじゃん。あんなデタラメな場所、下手したらこっちまでおかしくなっちまうってのに」

デタラメな場所だと咆哮は言った。雷鳴は本当にな、と渇いた声を喉に閉じ込めた。
掴まれた手首を振りほどいて咆哮を無視して通り過ぎる。踵が硬い白磁の廊下を蹴った。過度な装飾品も所狭しと壁を埋める絵画も、無駄に高い天井も何もかも目障りだった。

向かった先は自室だ。雷鳴の部屋は神居とは別に建てられた木造二階建ての古ぼけた屋敷にある。玄関を引き戸を開けると薄暗い静寂に包まれる。ここには雷鳴を邪魔する者はいない。ここでようやく張り詰めた緊張が溶けていく。チリンと鈴の音が聞こえて屋敷の奥から小さな仔猫が顔を出す。その場で膝を折ってちちっと舌打ちをする。手のひらを広げて差し出すとゆっくりと距離を詰めて、そしてその手に頭を摺り寄せる。その首を優しく掻いてやる。
雷鳴の手は震えていた。自分でもそれが何であるのか分からずに、ただ焦燥感だけが纏わり付いているようだった。一体私は何に焦りを感じているのだろう。全ての頂点という存在でありながら神である私は、恐れている。皇帝の人間と、神としての認識を逃れていた偽神。それは、私がしたかった事ではなかった。こんな事になるなんて思いもしなかった。おかしい。何かがおかしいのだ。何処で間違えてしまったのか。

「……痛っ」

仔猫は牙を剥き出して、雷鳴の震える指に小さな穴を開けた。なんの前触れもなく突然に。

「あ…ああ……っ」

なんて、恐ろしいのだろう。今の私には、それが、とてつもなく、恐ろしかった。

無音と闇の中で尖った爪を立てる。その首に埋め込んで、小さな体は何の抵抗もなく、綿菓子のように、安々と胴体という軛から解放される。飛び散った血潮は温かく頬に触れ、手のひらに収まった球体は手元を離れて当てもなく廊下を転がった。

「神なんて、なす術もなく一瞬にして血肉に変えられる存在だと言うのに君は、何処までも綺麗だね」

二匹の仔猫を腕に抱いた闇色の青年が愛おしそうに、彼女の名前を呼んだ。



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