端に寄って道を開けると車から不審そうな目で見られているのを感じ、そこで私は安心する。私達を異物と認識できるのならばこの人はまともな人間だ。引き殺してくれれば良かったのにと残念に思いつつ、本当のところ車が通るとは思ってもいなかったから通ればそれはそれで運が良かった、その程度の衝動だ。少し惜しいだけ。しかし何もない山奥ではあるのに態々どうしてこの道を使うのか、何か違和感を覚えた。

「そういえば、何をしに此処に来たんです?この道を通るメリットは」

深い黒色の瞳が私を凝視して、そして女性は煙草を取り出して口に加えた。火を点けてゆっくりと息を吐き出す。煙草の臭いが広がって、この臭いはあまり好きじゃない。

「家があるのよ」
「こんな場所に?」
「静かでいいのよ、あまり外には出ないし別に不便はないわ」

そう言う彼女は前方の見据えながら運転席の背もたれに体を預けた。何かを考えているように見えた。背中で小さくつつかれる感じがして振り向くと少女は私を見ていて、私の腕をとって下へ引っ張る。屈めと言うことらしい。少女の目線まで屈むと少女は近寄り耳打ちをしてくる。「彼処の人じゃないよ」と小さく囁く。なんでそんな風に言い切れるのだろうか。だけどそんな考えさえも彼女にはお見通しだったようで直ぐに話は続けられた。

「施設員の管理リストが頭の中に入っている」

なんて有能な少女であるかと感心するよりも私は何故そんな機密情報を知ってるのかと引っ掛かる。だけどそれを口には出したりはしなかった。聞いたところで彼女は何も答えないだろう。踏み越える事が出来ない一線がそこにあった。

確実に言えるのはこの少女が唯の子供ではないと言うこと。そんな情報を彼女自ら手に入れたとは考え難いし、可能性とすれば外部から何らかの操作によって得られた情報だろう。特別に飼い慣らされたイレギュラーであり、幸か不幸か、とんでもない奴を引き連れて来てしまったらしい。つまりその情報がある限りあの施設は彼女を逃がさない。必ず奪い返しに来るだろう。本当、そういう事は早く教えて欲しいものだ。こうはしてられないじゃないか。

「これも何かの縁だと思いますしどうでしょう、私たちを拾って貰えませんか」
「言われずともそのつもりだったわ。早く乗りなさい」

そう言って親指を立てて後部座席を指差した。話の分かる人で助かった。ここまでの会話からして彼女も相当の変わり者だと窺える。でなければ、私達を拾ったりはしないしそれだけでも変わり者だと言えてしまえるだろう。運転席の窓を閉じきるとエンジンが音を上げる。少女の手を取って車へ近付き、運転席の彼女を横目で窺うと顎でいいから乗れと促される。お言葉に甘えてドアを開けると少女を先に乗らせ、続いて私が乗り込みドアを閉めた。

「貴方たち、名前は?」

そう聞かれた瞬間、戸惑った自分が居たのは誤魔化しようがなかった。肩が震えた。耳元で私の名前を囁く低い声が聞こえてくるようだった。違うだろ。私を殺そうとしたのは誰だ。声を振り払うように首を振った。

「ミチルです」

そう言って自分自身を嘲笑う。所詮私はこの程度なのだろう。この忌まわしい名前を捨てることが出来ないのだ、虫酸が走る。声を出して笑いたくらいだ。

「そっちの子は」
「え、ああこいつは」

そこで私は気付く。

「あれ、お前誰だっけ」
「酷い言い種だな、ミチル」
「そう言えばお互い名乗ってなかったのか」
「そういう事になる。綺麗な名前だな、ミチル」

少女は無表情で私を見つめていて後退り気味になってしまう。こいつの目は苦手だ。全てが見透かされているような気がするのだ。だから反射的に目を反らす。ほんの一瞬口籠ってしまっただけでこれだ。本当、ふざけるなよ。

「お前の名前は、何て言うの」

少女の返答は早かった。恐れる事はないのだと伝えているつもりなのか。

唇の動きがやけにゆっくりに見えてまるで何かの呪文を唱えたようなそんな奇妙な心地がした。綺麗な名前だと、思った。

「ミフ」

少女は自らをそう名乗った。
これが二人の出会い。



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