1 死体とサイレン
 

遺体を掘り起こした。本当のところ、腐乱して見るに耐えない姿になってるものとばかり思っていたから、思いの外綺麗で少しだけ驚いた。もう動かない彼を背負って家まで戻りながら、ぐたりと力の抜けた感触に胸がざわついたり、吃驚するぐらい冷たい身体に温もりを求めてしまったり、だけどきっと家に着いた頃にはもう受け入れられていると思う。
街頭のない道路を歩きながら、先が見えない暗闇に溶け込んでいく。このまま同化して消えて無くなってしまうのかもしれない。それもいいなと笑ってみたけど顔が引き吊って無理だった。
彼が死んだのは3日前だった。昔から病弱だったようで、かなりの頻度で入退院を繰り返していたらしい。しかしそれを知ったのも3日前の夜のことだったから、実際驚く暇もなかった。
そんな事は一言もいってなかったじゃないかと声に出して叫びたかったけど立場が変われば俺だってそんな間抜けな話、絶対に言わない。
家に着いた頃には、俺は宣言通りに事実を受け止めていて、何が悲しくて何が恐ろしかったのかもう分からなくなっていた。いつも使っているベッドに寝かせてあげれば、まるで眠っているようにしか見えない。汚れた体を拭いてあげた。
つくづく俺の脳ミソは単純だと腹を抱えざるを得ない。
全て都合良く組み換えて一番楽な選択を自動的、排他的にやってのけてしまうから、何も思わないのかもしれない。だけどこうやって立っていられる。
電気すらつけていない部屋は薄暗く、静か過ぎて耳鳴りが聞こえた。少し肌寒かったけれど、開けていた窓は閉めようとは思わなかった。
カーテンは微かに風に揺られて、このまま冷えてしまえばいいのだともう一人の俺が言う。それもいいねと俺が笑った。冷たくなる体はまるで死に近づいているような気がして心地が良い。俺の体温を全て奪っていってくれないかな、なんて浅はかな考えに至った。
立ち呆けていた体をベッドに腰を下ろして、ぎりしと音をたてながら彼の横に寝そべってみる。彼がこちらを向いたり目が合ったりはもちろんしない。腕を回して抱きついてみれば、不快だったはずが今はその冷たさがとても気持ちが良いと感じられた。
よく見れば彼の腹部の損傷は綺麗に塞がれている。その微かな傷痕を指で優しく撫でた。特に何も思わなかった。思えなかっただけかもしれない。

外が随分と騒がしくなっている。サイレンが鳴り響いて、瞼の裏では自然と赤いランプがくるくると光りだす。さっきまでちゃんと静かだったのに、世の中不条理なものだ。より一層彼を強く抱き締めた。

サイレンが止み、足音がする。玄関のドアが開いたようだ。
突然大量の人がなだれ込み部屋は人で溢れ返る。

「死体は?」

「何処にもありません。」

そんな声が聞こえた。

俺は一足早く喧騒から離脱した。裏通りの暗闇に身を潜めながら更に奥へ進み、振り返って見ればあるのは暗闇だけだった。朽ちゆく彼の体を背負って、これなら追っ手は来ないだろうとほくそ笑む。楽しそうだねと、もう一人の俺が関心無さげに言った。そりゃそうさ。

俺は背中の彼を見る。
そっと唇を重ねた。



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