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幸せの世界
2013/04/14

下の階が窺えるような、そんな吹抜けた造りの建物は、手前の無価値な低い柵を眺めて、そっと下を覗き込む。ああ、良い高さだなと足裏がむず痒くなって身を乗り出さなければ、きっと良かったんだ。柔らかな白い壁が身体を包み込んで、どうしても平気な気がしてならない。
落ちたい、今すぐにでも落ちてしまいたい。
そんな欲望に打ちひしがれて、目を閉じる。私は、飛びたかった。それだけだ。誰も私達を罵ることも蔑むことも出来る筈がないのに、どうして世界はそれを悲しいと決め付ける。誰が言った、何故幸せでないと言える。馬鹿だなあって、世界がこんなんだから頭がおかしいとガヤが飛ぶ。

「あいつは、俺が殺したんだよ」

砕けた体と冷たい体。その日、酒と女に溺れた男は平然と笑い捨てた。

私は、誰よりも幸せだった世界に生きた唯一人の少女の、全てになりたかったのだ。

「違う、そんな責任を貴方が背負う必要はないよ」

それは愚か者の振りをした、心優しい人。そして全てを失った本当に悲しい人。彼もまた彼女の傍で幸せな世界を見て来た一人だった。だから、分かる筈だ。彼女が手を伸ばした先にあるものが何であったのか。
空を見上げ、眩しさに少しだけ目を細める。それは何処までも続く青色。私はその青に、そっと手を伸ばした。



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