メイン | ナノ


泣き叫んだ心臓
2013/01/17

首元に両手を添えて力を込める。苦痛に顔を歪める姿があまりに切なそうだったから更に強く締めた。吐き出される掠れた暴言と流れる涙に恍惚と腹部の下が熱くなって耳元で繰り返し想いを伝えても彼は首を横に振るばかりだ。眉間に皺を寄せて嫌悪で溢れた視線で俺を射殺す。

「…く……や、…やめ…ろッ……」
「ほら、駄目なんです俺」

その黒い瞳の中に無気味に笑う自分の姿が写っていた。ドロドロとした不快感が体中を這い回る。口を開けば溢れて止まらない。

「貴方が居ないと、もうどうにかなりそうで。初めは傍に居れれば良いと思っていました。でもやっぱり駄目だったんですよ。降野さんが死んで勿論ショックは受けましたけど、その反面喜んでいたんです。最低だって分かってます。けどこれで吉原さんに近付く奴は居ないじゃないですか。あの人吉原さんの傍にいて、まるで一番の理解者ですよみたいな顔して本当何様だよみたいな、可笑しいでしょ。そんな出会ったばっかりの癖に、そんな偉そうにしちゃってさ。そんなの俺の方が知ってるのに、あの人よりずっと昔から知ってるのにいきなり出てきてなんなんだよって。だから本当、清々してたんですよ。もっと早く死んでくれれば良かったのに。遅いんですよ。遅過ぎてもう手遅れになってるし。見てられないんですよ、吉原さん最近何も食べてないでしょ。知ってますよ。分かりやす過ぎてもう追い討ち掛けられたみたいな、あの人いないと俺生きていけないみたいな態度されちゃって。不戦敗って言うんですか、勝てないじゃないですか。もう死んだ相手にどうしろって、笑えませんよ。このもどかしさ意味ないですし、需要ないですし。かと思えばですよ。今更俺を見て、今更俺の気持ちに気付いて、だからっていい気にならないで下さいよ。今更ですから、むしろ遅過ぎるぐらいで。確かに俺は吉原さんが好きですよ。その通りです。けど間違わないで下さい。貴方は一枚上手でいる気かもしれませんけど、だからってそれで貴方が笑う立場の筈はない。貴方はこうやって俺にいたぶられて泣いて許しを乞いながら、俺に隅々まで支配されなきゃいけない。その口が聞けないように縫い合わせて、俺から逃げられないように手足を奪ってあげても良い………俺は苦しいんですよ吉原さん。もう何年経ってると思ってるんですか。もういいじゃないですか。早く、俺を見て下さいよ」

彼を見詰めた両目から涙が頬を伝って落ちた。嗚咽を噛み締めながら手の力が抜けて、両手が彼の首から離れた。咳き込む音が聞こえて目を瞑る。流れる涙が止まらない。彼はゆっくりと体を少しだけ越こすとその体に股がった俺を上目遣いで見詰めてくる。
「…………謝罪はいらないですよ。寧ろ殺意が湧きます」
「じゃあ、殺して」


言葉を失って、彼を見て、何いってるのこの人って。形だけの笑みを浮かべて聞き返した。何を聞いてたのって。
苦しい。心臓が潰れてしまいそうだ。


「……貴方は…ッ………最低だ…」

彼の口が謝罪するのが見えて、俺はそれを言わせない。
鉄の臭いがして綺麗な心臓を壊した。


prev | next
back