メイン | ナノ


夏夢涙
2012/11/18

皮膚を裂く感触が全身を駆け巡る。そのまま旋回、下から上に振り上げて刃先が腰から頭部を切り裂いた。血の雨が私を赤く染めて、もう全てが終わろうとしているのだと確信する。壁に凭れた女が私を見ていた。彼女の意思を試そうと借りていた刀を彼女の元に放り投げる。続ける気があるなら斬りかかってくるだろう、だけど彼女は動かなかった。
「行くよ」
死体のような目をした彼女の腕を取って立ち上がらせて、力なくふらりとバランスを崩したその体を受け止める。一人では立つことが出来ない程に彼女は壊れていた。私の声も届かない。肩を貸してゆっくりと歩き出す。拙い足取りで一歩一歩進んだ。この道を抜ければ終わりだ、何もかも終わりなのだ。初めはあんなにたくさんいた筈なのに今はたったの二人になってしまった。長かった、やっとここまで来たのだ。遠くで光が見えた。ずっと暗闇と電気の光しか見てなかったから眩しくて目を細める。久しぶりの日の光はこんなにも眩しいのか。
「外だ」
「……そ…と…?」
自然と足取りが速くなる。そうだ。私たちは生き残った。外に出ることが出来るのだ。女は光の方へ焦点を合わせて、笑みを浮かべる。ふらりと私から離れ自らの足で立ち、何度も何度も外だと繰り返して、そしてよたよたと駆け出していく。私もその後を追う。光が徐々に強くなっていき、もう出口だった。ようやくだ。ようやく外に出られる。私は遂に、その光に飛び込んだ。




見たのは、白い体。濡れた黒い髪。何度も何度も目にしたその姿。
そこ小さな小屋だった。そこの中央に待ち構えるようにしてそいつはいた。小屋の窓からは温かな太陽の陽射しが差し込んでいて、疑いようもなく此処は外だった。だと言うのに、そいつはいる。ここまで来てこれだ。
女は目を見開き体を強ばらせていた。ゆっくりと後退しながら今にも叫び出しそうなその口を手の平で塞ぎ、じっと様子を窺った。武器は銃があったが、弾がなければ何の意味もない。どうする、考えろ。考えろ。ビクリと体を震えた。そいつは此方へ近付き始めたのだ。もう駄目だ。目を瞑った。
だけど痛みは感じなかった。恐る恐る目を開くとそいつは消えていた。すぐさま振り返れば、やはりそいつの姿はない。だがそれ以前に目を疑った。そこは何もなかった。言葉の通り、何もなかった。後ろにあった筈の道は小屋の壁があるだけで道なんて何処にもなかったのだ。
「あれ」
そして何故か彼女の姿が見当たらなかった。辺りを見渡しても見つからない。一緒に来た筈なのに、どうして。そもそも、何かがおかしいのだ。
窓の外を見ると、そこは暗闇だ。太陽が沈むにはあまりにも早すぎはしないか。カダリと物音がして反射的に振り返るとスタンドライトが一部だけ明るく照らしていた。明かりの下に白い紙切れが見え、近寄って手に取ると文字が書いてあった。
『 Don't unforget 』
また後ろで物が落ちるような音がする。振り向くと人影が見えた。目を凝らしながら近寄るとぐちゃりと足元で鳴って生臭い臭いが鼻につく。そのまま進むと何かにぶつかった。ぶつけた拍子にベトリとした液体が体に付着する。赤黒い、血だ。上を見上げるとロープで首を吊った死体が眼球をぶら下げながら浮いていた。床にはぶつ切りにされた体があちらこちらに散乱している。いつの間にか小屋中死体だらけだ。早く此処から出ようと急いでみるけど出口があんなにも遠くになっている。死体が邪魔して上手く進めもしない。徐々に死体の数が増していき、埋め尽くされてしまいそうだ。転がった頭部を踏みつけると骨の砕ける音がした。何も感じない自分をその時初めて実感した。死体の山を掻き分けて、やっと辿り着いた扉の取手に手をかける。
『忘れるな』
それは私が奪ったいくつもの命か。重たいな、重た過ぎて潰れてしまいそうだ。
扉を開けた。



prev | next
back