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利己放棄
2011/08/28

「なにしてたの」
知ってる声が後ろから柔らかく突き刺さり、振り向いて合点する。白々しいほど表情が読めない冷たい面をしていた。
「なにかしら」
散らばった衣服を気に止めずに一服すると吐いた煙が何かを守るように私を包み込んだ。何かとは何だろうか。そんな疑問が過りはしたが直ぐに消えて忘れてしまう。所詮はその程度でしかないと言うことだろう。粘ついた指先を弄びながら感傷に浸ってみれば程良く気持ちが悪い。
「まずさ、服を着ようよ」
シャツを投げやれば彼は当然に受け取り、腕を広げて差し出せば躊躇なく私の腕を通って重みとなる。こうゆう無駄の無いところがわりと好きなのだけど実際はどろどろとした血液の塊なのだ。皮肉も卑屈も有りに余っている事だろう。
灰になった煙草の先を捩り込むよう灰皿に押し潰すと右手があいた。彼女を抱いたのは左手だった。
「何か食べたの」
食べてないよと伝えれば背を向けてキッチンへといなくなる。その姿は洗礼された従犬のようで諦めることを知った半ば呆れの末路だろうか。それゆえの追及しない思考能力こそ最大の美点である。
昔に彼が放った精一杯の自己主張は私の奥深くに冷たく凍り付いている。知ってるよそんなこと。最低限の言葉はゆっくりとお腹を満たして行くのだ。何も考えなければいいのだと言い聞かせる。ただを捏ねる愚かな子供は遠の昔に置き去りにしてきたわけで私はあやすように繰り返すだけだ。辛くないよ。十分に愛しているのだから貴方は何も心配はいらない。
優劣ほど下らないものはない。劣った犬が誰が悪いと言ったのだろう。彼女の艶やかな喘声に心が暖まるようにまた彼の廃れた表情に悦する。

運ばれた温かいスープにいただきますをする。
「どちらも好きなのよ」
彼女も貴方もと小さく続ければより一層気持ちが悪い。それ以上そんな顔をしないで欲しい。
私は手放したくないのだ。それだけだ。
「そうだ。私ここを出てくわ。」

容易に両目を見開いて私を見つめる彼の姿を想像できた。包み込んだ煙は更に濃くまとわりついた。


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