メイン | ナノ


暴徒
2012/08/27

何が起こったのだろうか妙に慌ただしく険悪な雰囲気だった。大勢の人が犇めき大声で指示を飛ばし合い、フロア中を走り回っている。いつものノリで来てしまったのが非常に悔やまれた。邪魔にならないように静かに奥へ進み、ガラス張で出来た部屋の中で鬼の様な形相でデスクを睨んでいる顔馴染みを見つけた。あちらも俺に気付いて顔をあげるとあからさまに嫌そうな表情をする。ドアを開けると肌に冷たい空気が突き刺した。
「何だよ」
「忙しそうだけど一体何があったんだ」
「お前には関係ないよ」
「情報を売れない程の状況とはよっぽどの事とみた」
「今回は勝手が違うんだ悪いね」
いつもに増して黄木は無愛想で話を聞いてくれそうにもない。こりゃダメだなと出直そうかと考えてみる。
視線を下げればと一つ下のフロアで忙しそうに走り回っている人達がいた。何処のフロアも忙しいのは変わらないらしい。全フロア丸ごとガラス張で出来たこのビルは、かなりスリリングな気持ちを味わえるのだ。
引き返そうとした時、ノック音がしてガラスの向こうに一人の男が立っていた。

──《番犬(パウンドドッグ)》の制服?

確かあれは法務機関管轄の組織の筈だ。どうして中央政務機関なんかにいるんだ。

「烏丸、悪い外してくれるか」
当然のように招き入れる様子からこれが初めてのことではないのだろう。ドアを開けた男は俺にも目もくれず中へ入って来たので仕方なく部屋を出ることにする。部屋を出ると高い人口密度のせいだろう、生温い空気がまとわりついて気持ち悪かった。
カツンと踵が床のガラスを蹴った。








『番犬が中央政務に?』
「ああ、中央政務の法務機関への干渉は御法度な筈だろ」
『それは中央政務にとって法務の独立は国の信頼に関わるから下手な事がない限り無干渉を徹するってだけで別に禁止されてる訳ではないのよ、でも信頼性は失うわけだからただ事ではないでしょうね』

携帯に耳を傾けながら煙草の煙を吐き出した。人通りが多くネオンが明るく照らした車道の脇に車を停めて一服する。

──ならどうして法務の番犬なんかがいたんだ。自分の首を絞めるような事をしてまでやらなければいけないことが起きているのか。

『そうだ令生、話が変わるけどまた失踪者出たみたいよ』
「なにそれ」
『知らないの?最近何かと騒がれてるやつよ、これで三十四人目らしいけど確認が取れてないだけでおそらくもっと多いわね』
それは初めて聞く話だ。最近は例の飛行機失踪事件の事ばかり調べていたから他の情報はさっぱりだ。
「それ誰か戻ってきたのか」
『まあ一部』
「一部?」
『切断された右腕と頭、それから心臓が見つかってる』

それはもう失踪では済まされない、反吐が出る猟奇殺人だ。既に三十四という数字を叩き出しておいて捕まってない時点で裏があるのだろう。
これは嫌な臭いがするなあ、全身の毛穴が開いて血が騒ぐのを感じた。
とりあえず飛行機の件は後回しとしよう。

「礼嘉その情報、全部頂戴」
吸いかけの煙草を灰皿に押し潰して、アクセルを踏んだ。


prev | next
back