デートっぽいもの
夕陽の射す教室で、私は机の上に置いた小さな鏡とにらめっこをする。
化粧はばっちり。髪型も朝から大して乱れていない。いつも通り、完璧だ。
しかし制服はどうだろう。
スカートが少し長い気がする。シャツだってもう一つボタンを開けてもいいかもしれない。
「…音也はこういうの好きよね、きっと。」
そう自分に言い聞かせ、スカートを折り曲げ、シャツのボタンをはずした。
どうしてこんなに落ち着きが無いのか。それは久し振りに彼とデートをするからである。
デートとは言っても校舎から自分の部屋までの短い道のりを歩くだけなのだが、それでも自分たちにとっては大切な時間だ。
クラスが違う。パートナー同士ではない。練習の進み具合によっては会えない事の方が多い。
そんな中、今日は放課後練習ある?無いなら一緒に帰ろう!と、絵文字のたくさん使われたメールが、今朝私の携帯を震わせた。
パートナーには今日は用事があると適当な連絡をして、十数分悩んで作成した文面のメールを彼へ送って。朝から浮かれていた私が待ちに待った放課後が来た。
しかしいざとなったらこれだ。緊張していつもの余裕な素振りなど見せることが出来ない。
「こんなに浮かれてるの、私だけだったらどうしよう…。」
そんな不安に襲われながら、今か今かと彼を待つ。
教室内をぐるぐる回って何周か分からなくなった頃、勢いよく扉が開けられた。
「ごめんね恋ちゃん遅くなった…!」
「ほんと、待ちくたびれたわ。」
「そっか…本当にごめんね。」
「嘘よ。ほら、帰るんでしょ?」
ちょっとした悪態でしゅんとしてしまった彼の腕を引き、教室を出る。
ただ軽く触れただけ、それだけなのに彼は眩しすぎる笑顔をこちらに向けた。
相手の行動に振り回されるのはお互いさまなんだな、と感じ、教室を出た所で手を離した。
「別に繋いでてくれてもよかったんだよ?」
「そんな所見られたら大変でしょ。」
「まぁ…そうなんだけどね。」
また下を向いてしまった彼を置いておいて、私は彼の少し先を歩く。
廊下に響く二人分の足音がとても心地よくて、頭の中にたくさんのメロディーが流れる。
これはそのうち曲にしよう、そんな事を考えていたら不意に声をかけられた。
「あ、ねぇ恋ちゃん。」
「何?」
「今日のスカート、いつもより短いよね。あとボタンも開けすぎ。」
「…いつも通りよ。」
「ぜーったい違う!だからこれ、羽織って!」
そう言って肩に掛けられたのは彼のブレザー。
ふわりと漂ってきた彼の香りに心臓が大きくどくんと脈打ったのと同時に、似合ってなかったのだろうかと不安になる。
「音也、」
「そういうのも可愛いんだけどさ、他の奴には見せたくないっていうか…」
「っ!」
「あ、こっち向かないでね、今俺情けない顔してると思うし…!」
少し早口で言いながら、彼は私の背を押しながら廊下を進む。
いつもはちゃんと俺のこと見てて、なんて言うくせに。
「可愛いのはどっちよ。」
「ん?何か言った?」
「情けない音也の顔も見たかった、って言ったの。」
「…恋ちゃんの意地悪。」
…やっぱり彼の方が可愛い気がする。
そんな事を思いながら、私は頭の中で繰り返されるメロディーを口ずさんだ。