※夢主死ネタ


「今日で何冊目?」

毎日通っているカフェで必ず相席してくる女性は、同じ言葉で進捗を尋ねてくる。
「78冊目です。でも今日で79冊目になるかも」
「アナタ、ずいぶん本を読むのが速いのね」
女性はいつもチョコレートケーキとコーヒーをトレイに乗せてやってくる。かという私も、いつもマンゴーチーズケーキと紅茶だ。これしか食べられないのではなく、全種類食べて、これがとびきり美味しいからずっと食べている。残りひとくちになったケーキを口に運ぶと、彼女はコーヒーについてくるクッキーを私の皿へ入れた。
地元でも有名なこのカフェは、ちょうど彼女が来る時間から混雑して席を取るのが難しくなる。特にこのテラス席は取り合いだ。だから相席のお礼ということらしい。残った紅茶を飲み干すお供にありがたく頂いた。

「そういえばやっと手に入ったの。アナタと似たようなことをしている人の映画」
彼女のバッグから出てきたのはDVDケースだった。鏡のように空の青さを映しているそれは、動画配信サービスが主流になってからは姿を見る機会がずいぶん減った。日本語でも見られるわよ、と彼女は微笑む。母国語は助かる。
この国には親切な人が多いが、特に彼女と同じ40〜50代の女性は優しい。テイクアウトの店では山盛りにサービスをしてくれるし、観光ガイドを持って立っていたら反対側の道路から走ってきて道を教えてくれる。この常夏の気候のせいか、どこにいってもこういう太陽のような人が助けてくれた。とはいっても、私がこの近くに住み着いてからまだ3ヶ月半しか経っていない。

「今日中に見られる?暇そうだから大丈夫よね!レンタルショップから借りてきたのよ」
「又貸ししていいんですか?」
「大丈夫よ!!アナタならちゃんと返してくれるでしょ!ぜひ、明日感想を聞かせてね」
「ありがとうございます。夜に見ますね」
彼女とは身の上話をいくらかしたけど、あまりろくな話じゃない。だからここでアテにされたのは母国の国民性だろう。DVDケースに貼られたレンタルビデオショップは、この街に来て2番目に覚えたのに、とうとう利用することのなかった店の名前が貼られていた。
女性の連れの男性が来たので、クッキーのお礼を告げて席を立つ。
テラス席にはのびのびと育った木々や花々が咲いており、緑の香りとケーキの甘い香りが交互に鼻をかすめる。カウンターにトレイを返却がてら店の玄関を見ると、長い観光客の列が今日もまたできていた。いつも満席だったなぁ、このお店。

車に戻ると、車内は蒸したように仕上がっていた。空気を入れ替えるために窓を開けて走り出すと、すぐに肺は甘い香りから土と潮の香りへ入れ替わった。
確かに彼女の思うとおり暇そうに見えるが実は忙しい。様々なものを食べ、見て、海を散歩し、決められた本を真剣に読む。とても大変だが、映画を見ることは私の目標に対して悪いことじゃないだろう。
街並みを総復習する。洋品店、看板屋、小学校、スーパー、魚市場。その喧騒と匂い、肌で感じた熱気、すべてを思い出す。ふつふつと脳から記憶が蘇って来る。
利用することはないがこの街はホテルも多い。けれど美しいビーチは観光地としての側面があまり首都より濃くなく、住民の生活に観光客が溶け込んでいるような感覚だった。

ビーチにラグを敷いて海を見ながら78冊目を読み終えた後は、1週間ぶりに地元の市場を3つ回った。たくさんの野菜、肉、シーフード、手作りの料理や漬物、ありとあらゆるものが量り売りされている。今日は透き通るほど新鮮なカニを黒いソースで炒めた料理を買ったら、おまけでさらにもうひと盛りついてくる。食べられるかなあ。
市場を立ち去ろうとした時、向かい側の店の女性から手招きされた。寄ってみると「いつもより上手くできたから買っていかない?」と砂糖をまぶしたミニドーナツを勧められた。先週来た時も同じことを言われたので、鉄板の売り文句なのだろう。これは語りのネタになる。御礼にひと山買った。
市場から出ると、首にかけていたペンダントの冷たさを感じなくなっていた。銀色の筒型のこれはまるで生きてるみたいにいつでも同じ体温を保っているから、昼は冷たく、夕方から朝にかけては私の体温と馴染む。つまり夕暮れが近づいている合図だ。
私は毎日このタイミングで家に帰ることにしている。

自宅に着くと、ちょうど水平線の向こうに赤い光が沈むのが見えた。多くの観光もこの最高の夕暮れを眺めにビーチに出てきて海を眺めていた。空の青さより少し淡い美しい海と黄色い砂浜が、この時間はすべて赤く染まる。毎日見ているが全く飽きない。きっと飽きることなどないのだろう。
カニ料理とドーナツ、それから本を抱えて家に戻ろうとした時、DVDケースが本の下から出てきた。ああ、そうだこれを見て、明日あの人に返さないと。予定が1日ズレるなあ。


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カニ料理を食べ終え、ダイニングテーブルの端に置いているノートを開き、空欄になっていた「黒いカニ料理」の下に「辛い」と書いた。頭を捻ったが、それ以上は出てこなかった。カニは新鮮なのだろうが辛さでよくわからないし、味も舌が麻痺して繊細な所までは分からなかった。日本の辛さとこの国の辛さはちょっと違う。もしかしたら私はスパイスの辛さが苦手なのかもしれない。ノートを見返す。やっと「食べるべきものリスト」がすべて埋まった。
世界的に有名な料理もあれば、名前さえない料理もあって、そういうものは「●●の炒めもの」や「●●のフライ」と名付けた。今日食べたカニもその1種だった。
すべてのページを再確認して、デザートのドーナツをお皿に盛ってソファに移動する。DVDデッキ代わりに、パソコンをテレビにつないだ。DVDケースのラベルに印字されたレンタル開始年月は数年前。再生ボタンを押すと、お決まりの配給元映像が流れて、物語は始まっていく。
舞台はアメリカ。主人公の男が規則正しい生活を送りながら、昼は働いて、夜はダイナーで決められた本のリストに沿って読書に勤しむ。そこで知り合った少女との縁が元特殊工作員の主人公の生活を変えていく……。
決められた本を読む男。彼女が言っていたのはここだったのか。私は無意識に手に持っていた79冊目の本の背表紙を撫でた。

映画は面白かった。
けれど私と彼は全く違う。
彼はホームセンターで働いているけど、私は定職に着かず、この街のすべてを頭に入れるために街中をさまよっていること。
彼は毎晩、妻の残した100冊の本のリストにしたがって読書をしているが、私は1日通して夫の残した本を読んでいること。
彼はその本を読み終わっても人生を続けるが、私は続ける気が無いこと。

DVDをディスクケースに戻し、ベッドルームにある本棚の前に立つ。毎晩おこなう儀式的なイベントだ。これをしないと私は眠れない。
本棚の本を、1冊目から読んだ所まで、内容をひとつずつ思いだす。1時間ほどかかるが毎日しないと記憶が薄れてしまうから。
本のジャンルは様々だった。話題になった海外のベストセラー小説もあれば、ほとんど無名の作家もある。旅行記もあるし、純文学も大衆文学もあった。ただ、おしなべて全ての本が持つ雰囲気は淡くなだらかで、読みやすかった。これが七海さんの好みなのだろう。

彼の部屋にあった本棚は整理されているとはいえなかった。物理的な並べ方は綺麗なのだが、買ってきたままビニールさえ剥がされずに棚に収まっているものがいくつもあった。
だから本棚の並びには意味はきっとないのだろう。買ってきた順なのかもしれないし、隙間に適当に突っ込んでできた並びなのかもしれない。
だけど私は上段左から読み始めることにした。すべての本の順番を記録し、このマレーシアのクアンタンに来ても、彼の本棚はあの部屋にあったまま再現した。

本の背を次々なぞる。内容を思い出す。
指先は淀みなく横に滑っていく。すべて新品に近く傷がない。ビニールがかかっていた本はもしかしたら七海さんの趣味ではなく、もらいものとか、押し付けられたものかもしれない。読まなくてもいいかもと思いながらも次々読んだ。
本を最後まで確認し終えて、一息つく。
ベッドルームの窓から見える海は、太陽の残光で満ち引きが微かに見えた。窓を開けるとこの家でしか感じられない穏やかで澄んだ潮の香りが部屋に入ってくる。
ベッドに入ろうとして、今日読むはずの79冊目が手元にないことに気がついた。……映画を見た時に、リビングのソファに置いて来てしまったのだ。
ベッドルームを出てリビングに向かおうとした時、ふと室内の空気の流れの違いに気がつく。
なぜ窓を開けていないリビングから潮の香りが………。

ドン、と音がした。視界がぐらりと揺れて、次に目の前にあったのは布とささくれた木、それから黒いシミ。それが床に敷いたカーペットと壁だと気づいた時、首がぎゅっとしまって息が苦しくなったがすぐに解放されて、また頭に衝撃が何度か走る。
足音が聞こえる。引き出しを開ける音がする。物が落ちる音がする。頭が痛い。熱い。生ぬるい何かがじっとりと耳を溺れさせていく。まるで燃えるように熱い。足音が遠ざかり、家を出ていく。立ち上がろうとするが足元がふらつく。息を整えるために首元のペンダントを握ろうとしたら、なくなっていた。


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男は砂浜を歩く。
聞いていたとおり女の家は海岸にあった。
周りには民家もなく、観光客も来ないそこは、海を見て生活するには最適な場所であり、叫んだとしても誰も聞こえない立地だ。よく建設を取り付けたなと思う。安全と景色の良さをトレードしたような場所だと男は思いゆっくりと歩く。
急ぐ必要がないからだ。女は死んでいるだろうから警察は呼ばれない。自分は夜に砂浜を散歩するただの男にしか見えない。もしかしたら、夜中に目が覚めたキャンプ客が自分を見るかもしれないが、月明かりの逆光に照らされた姿は黒く塗りつぶされた岩か草のシルエットにしかみえないだろう。夜の風景にとけこみ、誰の記憶にも残らない。
相棒の話どおり女は現金を家においていた。思わず踊りたくなるような額を手に入れて、男は鼻歌まじりでありながら、足は金への興奮と人を殺した恐怖で震えていた。何を買おうか、どこにいこうか。自分のバッグの重みがすべて札束だと理解することで足の震えを抑えようとする。
家の改装をしよう。女の家を荒らしながらいい家だと思った。
海がよく見えるデッキ、壁は白、床は木。外装は荒く見えたが、室内は力が入っていてインテリアもよかった。家の雰囲気に合わせた革の広々としたソファに、食事用の2人がけのダイニングテーブル。ベッドはたしかキングサイズで……。ふと、男の足が止まる。

――あの家、女の1人暮らしなのに、なんでまるで2人いるような家具のサイズなんだ?

一瞬の気の迷い。まさか、と男が振り返った瞬間、黒く長いものが男の頬に激突した。接触面はただの棒きれなのにまるで横から車にはねられたような衝撃。男は砂浜に這いつくばり、自分の頬とは思えない腐った果実のようにぶよぶよと柔らかくなった顔を抑えた。

「やっぱり貴方だったか」

静かな女の声だった。
スマートフォンのライトが放射線状に夜を照らす。光量が足りず、女の顔は見えないが男はすぐに分かった。自分が殺したはずの女が生きている。
女は持っていた棒きれをライトで照らした。それは棒きれではなく、大鉈だった。
ただ普通と違ったのは、刃の部分に細い布が何重にも巻きつけてあった。その怪しさは普通の大鉈より何倍も恐怖を煽った。女は大鉈をじっと見る。まるでそれが宝物のように、男を殴った箇所に汚れが無いか念入りに確認し、それが終わると男の側まで寄ってきて何かを投げた。
男の腹に乗ったのはDVDケースだった。
それは昼間、女がカフェで顔見知りの女に借りたものだった。

「貴方、カフェで彼女といつも相席する男性ですよね。私の家を知っているのはあのカフェで出会う彼女しかいないんですよ」

女はライトで男の頭のてっぺんからつま先まで念入りに照らした。ただ言う通り、正体に確信があるのか顔は撫でる程度でほとんど見もしなかった。実際にその確信は当たっていた。さくさくと砂を歩く音がする。軽い音だ。それなのに、この女が男を殴った力はとんでもなく大男のような力があった。
男は恐怖で後ずさる。頬の痛みで涙が止まらず、歯は真冬の海に飛び込んだみたいに震えた。ライトが消える。大鉈を持った女は黒く塗りつぶされた。

「彼女の相席を拒まなかったのは……彼女はいつもチョコレートケーキとコーヒーを頼むから。あの人もきっと選ぶその組み合わせが、私のトレイの隣に並ぶのを、毎日見たかったから」

女は男の腕にもう1度鉈を振り下ろす。刀身に布が巻きつけられたそれは本来の切るという働きはせずに、ただの鈍器として仕事を果たした。
骨が砕ける音がビーチに響き渡らず小さく終わった。

「ただ、これだけは。これだけは、困る」

引きちぎられたペンダントを女は男の手から取り返すと、大鉈で男の腰を叩く。
ビーチから去っていく姿を見送り、彼女もまた家に向けて引き返す。カフェで知り合った女が、なぜ男を自宅に差し向けたのかについて彼女は興味がなかった。理由になるような出来事は前職で多く見たからだ。

時折、頭から流れた血が砂浜に落ちていくのを、女は掻き消すように足で砂の奥に埋めた。
あってはいけないものだからだ。
この血の跡も、あの男も。
七海建人が見たかった、この平穏な海にあってはならないものだからだ。
みょうじなまえはペンダントトップの銀色の筒をひねって、優しく振った。
そして出てきた白い小さな小さな骨にキスをした。

「今度は間に合いましたよ、七海さん」



クアンタンは七海の部屋にあった雑誌に載っていた。
七海の部屋には雑誌はあったが、最新号か、あっても1つ前までなのに、そのクアンタンの載った雑誌は随分前のもので、またそれだけが本棚や机上ではなく机の引き出しの中にしまわれていた。
みょうじがそれを見つけたとき、クアンタンの海が載ったページは何度も眺めたのか手を添えなくても勝手に開き、そのページにはどこか分からない部屋の写真の切り抜きが2つ挟まっていた。
ひとつは新しく、もうひとつは切断面の印刷が白く霞み初めていたから古いものなのだろう。中身は海外の家の寝室を撮った物。ベッドを中心に、本棚、ラグ、ランプ、大きな窓の向こうに海が見えるデッキというほとんど同じ構成だった。唯一大きく違ったのは、古いものはひとり向けの寝室で、新しいものは夫婦向けの寝室になっていた。
七海がいつか静かな場所で暮らしたいと話していたのをみょうじは聞いていたが、具体的な地名を彼が口に出すことはなかった。


みょうじは人伝に聞いた“金さえ払えば大体のことは引き受けてくれる術師”へ電話をした。
彼女の声は抑揚がなく優雅だった。金を払えば確実な仕事をしてくれるという確信を、声だけで提供した。そして安くない金を払った。
依頼したのは、七海が求めた部屋を持つ家をクアンタンの美しい海が見える静かな場所に建ててもらうこと。あとはすべての後始末。
家は1ヶ月ほどで建った。金を詰んだのと、彼女の最終目的も伝えていたので多少の工程が省かれたのが時間短縮に繋がったのだろう。
みょうじは日本を離れた。

五条悟の封印は世界に緊張をもたらしていた。目には見えないながらも世界を支えていた均衡が崩れた。人類の歴史からすれば緩やか、今を生きる人間からすれば急速に世界は崩壊を始めるだろう。しかし、もしかしたら。明日には五条悟が仲間によって助けられ平和な日々を世界は取り戻すのかもしれない。
けれどみょうじにはこの世界がどう転んでも、七海建人がいたあの日々は戻ってこない。

みょうじは幽霊のように自宅に戻ると、急に来た目眩に足元がふらつく。荒らされたリビングの中に座り込むと、大きく溜め息をついて大鉈を抱きしめて目を閉じた。



▼ ▼ ▼



目が覚めると頭の血は止まっていた。
ここ数ヶ月使っていなかった呪力を回せば、痛みも緩和される。
あっちが素人だったおかげで殴り方が甘く、1打目はもろに食らったが残りは呪力でガードしたので皮膚は少し切れただけで致命傷じゃない。
荒らされた部屋の中で、79冊目の本は奇跡的に同じ場所にあった。変な所に投げられていたら、流石にこの倒れた棚を起こすのには骨が折れただろう。
ベッドに座り、一息ついて縋り付くようにずっと握っていた大鉈を離す。ベッドルームには本棚しかないので、全く荒らされていなかった。もしものために金庫をリビングに置いておいて助かった。
本棚の1番上に飾った、写真立てをひとつ手に取る。
学生だった頃の七海さんと、その友達。黒髪で明るくて元気の良さそうな、七海さんと見た目が真逆の人。この人もあっちにいる。七海さんをきっと迎えてくれているだろう。
もう何も、七海さんに起こりはしない。痛い思いも、辛い思いも、思い悩むことも、無理な選択を迫られることもない。だれも七海さんの尊厳を踏みにじることはできない。

血のついた手を洗い、清潔な手で79冊目の本を手にする。
あと1冊だ。79冊目。あの映画の主人公は100冊がゴールだったが、私は79冊が終わり。
これですべてが終わる。
リビングのクローゼットを開く。中に保管していた七海さんのスーツのジャケットをベッドに広げ、倉庫のガソリンのタンクを引っ張り出して、部屋にぶちまける。
私の最終目的を知っている冥冥さんに、最後の2ページを読み終える頃に連絡をしよう。ベッドに入り、七海さんのジャケットを抱きしめながら、本を開く。

七海さんは、きっと私が今からすることを許さないだろう。
だけど、決めたのだ。
たった半年にも満たない生活だったけど、まぎれもなく毎日が人生で最良の日だった。あの日々をもう1度味わいたい。起きたら少しだけ髭の生えた七海さんが寝ぼけながら頬を寄せて抱きしめてくれたこと。朝食を美味しいと言い食べてくれた柔らかな笑顔。夜に同じソファに座ってした雑談の中での真剣な相槌。私に触れてくれた少しかさついた手。あの冷たく見えて、誰よりも優しかった眼差しと人柄。
全てを思い出す度に、柔らかいシーツに包まれながら心臓を握りつぶされるような気持ちになる。
記憶に慰められながら、同時にもう会えないと思い知らされる。
七海さんと交わした、最後の言葉。高専から帰ろうと一緒に正門に向かう途中に七海さんの電話が鳴った。渋谷への招集。七海さんは先発隊で、私はもし何か起きた際に対応する後発隊だった。

「……五条さんが出るので問題ないでしょう。終わったら迎えに来るので、高専で待っていて下さい」

そう言って、七海さんは半分しか帰って来なかった。
終わったら迎えに来てくれる。
だから終わらせる。私が終わらせるのだ。

時計は夜中の1時半を差していた。
最後の本は薄くてよかった。旅行記。好きなジャンルだ。きっとすぐ読めるだろう。

「夜明けまでに読めるかな」

そしたらあっちで七海さんが読めなかった79冊の本のあらすじと、七海さんが生きたかったこの街の記憶のすべてを彼に話そうと思う。





早朝、クアンタンの美しいビーチのはずれにあった1軒の民家が全焼した。
匿名の女性の通報で火は延焼することなく消し止められ、中から1人の身元不明の遺体が発見された。
死因は焼死と見られる。

2021-01-04
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