※2020年10月17日発売の本誌内容のネタです。






「野薔薇ちゃんから、五条先生にもっと安物着せてって苦情が来たよ」
「あ、大丈夫。先に僕も苦情受けたから」
「そこじゃないんだよなぁ」
21時半。出張から帰ってきた五条は、小さな容器の中にお餅、黒蜜、きな粉が入った和菓子をわんこそばのように食べながら、のんびりと事務室に入ってきた。腕には出張用のボストンバッグ。結構大きいサイズなのに、五条が持つとそんなにサイズを感じないから相対的スケールが狂ってしまう。
伊地知くんが五条にシャツのクリーニングをパシられて、引き取ったシャツを伊地知くんが1年生に預け、野薔薇ちゃんがそれにコーヒーを零したらしい。五条は笑ってお咎めなしで済ませたけど、(でも野薔薇ちゃんが「何にもなしはちょっと違うでしょ」と、クリーニング代を無理やり払ったらしい)野薔薇ちゃんから25万って何?仕事着の値段じゃないでしょ。と質問された。私もわからないよ。

五条の買い物に付き合うことは良くある。彼の日本人離れした体格では普通の店には着心地のいいサイズはなかなか無くて、知り合いの店に五条のサイズに合うものを毎シーズンセレクトしてもらっている。
店に着くとセレクト品と共に即試着室に入り、気に入ったものを買うスタイルだ。店内に並ぶブランドのラインナップから安くはないと察していたけど、そんな高いものをホイホイ買ってたのか。でもその店を出た足で駅ビルのお店など、手の届きやすい価格帯にふらりと行って買ったりもする。
25万の服を着てると思うと、今みたいにきな粉をボロボロと服に零しながら和菓子を立ち食いしてるのは狂気の沙汰だが、生まれも育ちも今の稼ぎもトップクラスの五条には、行儀さえ気にしなければ全てたいしたことじゃないようだ。この前私の家に来る途中で買い食いして、ソフトクリームたれちゃった。白シャツでよかったってハンカチで荒っぽく拭いていたし。

五条はボストンバッグを机上に置くと、黒い任務服についたきな粉を雑に払ってバッグを開いた。きな粉まみれなのにバッグの中身は整っている。洗濯物はクリーニングに出すものとそうでないものでランドリーバッグは分けられているし、小物も適当に詰め込んでない収納。うっかりバッグの中身を外でぶちまけても全く問題ない整理状態。
育ちの良さ、老成した知性、立場相応の理性。それがあるかと思えば、突然子供のような振る舞いをしたり、驚くような優しさを見せたり、人をとことん煽ったり。“五条悟”は使い分けられながら、絶妙なバランスで存在する。その姿が今全部目の前に詰まっている。
きな粉まみれは放っておけず、粘着クリーナーを持って来たら両手を広げたのでコロコロした。狗巻くんが教えてくれたコロコロを催促する猫の動画を思い出す。高専任務服は超丈夫なので気兼ねなくコロコロできる。
「僕だって高い服ばっかり着てるわけじゃないよ。カウンターの鮨も回転寿司も好きなように、いい店のプリンが食べたい時もあればプリンミクスの気分の時もある。体に合えば1000円でも100万でも着るよ」
「そこは知ってるけど。そもそも伊地知くんをクリーニングにパシらせるの変だし、そもそものそもだけど、伊地知くんにシャツ25万するって言ってないでしょ」
「その通り。なんで分かったの」
「伊地知くんがそんな高いシャツを生徒に剥き出しで預けるわけない。知ってたらビニール3重にしてダンボールにいれて直接五条に手渡しするよ」
「伊地知のことよく分かってて妬けるね。妬いたな〜。妬いてるから、先輩の家の洗濯機でまとめて洗ってもいい?」
「洗濯機より高い服を洗濯機で洗うな〜!!」

クリーニング行きのシャツやパンツのタグを見ると、ご存知ユニクロや、ハイブランド中のハイブランド、タグのフォントがオシャレすぎて読めない呪文ブランドまで色々入っている。
「これ全部クリーニング出すの?」
「僕平等主義だから。1990円も25万も等しくクリーニングに出すよ」
「伊地知くんがね?……いいや、私の家に届くように宅配クリーニング使おう」
「いいの?忙しいのに」
「宅配なら全然大丈夫」
シャツってのは面倒で、乾燥機・アイロンなしでOKってのが売りの品でも、なんだかんだでアイロンが必要だったりする。高いのはそもそも家で洗うのはダメだ。五条もそれで全部クリーニングに出してるんだろう。
高専に一般人は宅配できないし、五条は自宅にほとんど帰らない。そのため伊地知くんをパシるので、私の家に届く設定でクリーニングに出すのが1番全員楽だろう。いつも使ってる宅配クリーニングショップのサイトアドレスを五条に送って、申込みの手続きをお願いした。
「ちなみに今日の服はどこのやつ?」
「インナーのシャツが10万くらい。パンツは任務着じゃなくてユニクロのやつ。靴は40万くらいかな」
「……選ぶ基準ってなんなの?」
「まあ、僕はなに着ても似合うからさ、肌触りとか、着心地とか。最終的には気分だけど、店で先輩がいいねって言ったのは全部買うよ」
「買い物着いて行くのすごく怖くなった……」
「なまえ先輩から似合ってるって言われた服に、朝袖通すときの気分、最高だよ?そうだ、今先輩が着てるジャケット、去年の今頃に僕があげたやつでしょ」
「そうそう」
「どう?」
「いい感じ。何にでも合うし、色もデザインも綺麗だし、軽いし、好きだよ」
去年の今頃、突然なんの連絡もなしに家に来た五条が、これ似合うと思うから着て、と、くれたジャケット。とても着心地が良くて、今の季節に合うので、任務時以外や休みの時もよく着ている。
「それ30万くらいするよ。……待って待って、ちょっとちょっと、脱がないで」
「私の家賃より高い服……」
「値段なんてどうでもいいでしょ。僕は先輩が、僕の選んだ服を着てるのが好きなの。先輩が似合うって言ってくれた服を着るのが好きなようにね」
「……わかった……わかったけど値段についてはもう少し考えて欲しい……」

五条は高専時代、傑や私に突然贈り物をくれた。理由は「そういう気分だったから」としか言わなかったが、その頻度と値段の幅がすごくて、傑が叱って、贈り物はクリスマスと誕生日だけと決めた。
高専を出る頃には、今度は恵くんや津美紀ちゃんに物を贈り、数年前からはまたこうやって私に突然贈ってくれる。高専の頃と比べ、お互いが自立した大人になったし、プレゼントを贈る機会を待っているうちにいつ死んでもおかしくない立場に私はなったので、断らずもらっているし、同じようにお返しをしているがけども……。
『僕は先輩が、僕の選んだ服を着てるのが好きなの。先輩が似合うって言ってくれた服を着るのが好きなようにね』
そう言われてしまうと値段がぶっ飛んでてても頷くしかない。私達は体のコンディションは万全にできても、メンタルのコンディションを万全にできる手段や方法はそうないのだ。こんな世界だから。それで五条の気分が上向いてくれるなら……いや、やっぱり、せめて桁は1つ抑えてくれ。

五条は笑うと、またさっきの和菓子を頬張る。今度は全くきな粉を零さずにするすると食べていく。コロコロ希望の故意犯だったのか……。
30万の重みにどっと疲れて、椅子に深く座りこみ、五条からもらった服をちゃんとクローゼットにしまうための質の良いハンガーを買おうと思った。

2020-10-18
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