ホラーゲームを1人でやりたくて、こっそり部屋に新しいソフトを隠しておいたら、悟に見つかってしまった。悟は良い目を持っているが、それを使わなくても、とりわけ私が隠したいものを上手く見つけてしまう。おかげでゲームオーバーごとに交代という小学生のようなプレイをしている。

「ラベンダー吸ってパニックを速攻しずめるって、これ中身絶対違うだろ。ヤバい薬だろ」
「確かに……あ、もう少し早く走って主人公!!」
「コイツ生きる気あんの?」

ハンマーを振り回す殺人鬼が迫ってきているのに、マラソンの速度で走る主人公がまた死んでしまった。恐怖を煽るための演出設定へ、悟はさっきから文句言いっぱなしである。
プレイし始めてすぐの頃、悟は主人公が殺されてしまいゲームオーバーになると「こわ〜い」と言って私の右腕にしがみつく謎のかわいいムーブをしていたが、今は殺されることに完全にムカついていて、絶対殺すと言いながら逃げている。システム上、殺人鬼から逃げるしかできないからな。

血の滴る『GAME OVER』が表示され、俺の番と伸ばされた手へコントローラーを渡す。背伸びをするとボキボキ音が鳴った。けっこう緊張してたみたいだ。
怪物や幽霊として設計されているものは、呪霊と姿かたちが近いので呪術師のホラーの耐性はかなり高い。
しかしゲームと現実では全く違うところがひとつある。現実と違って、ゲームの怪物や幽霊は画面の向こう側なだけあって気配がない。命の安全を保証されながらのビックリ要素だけは、非術師同様に楽しめるのだ。

インコースで殺人鬼を抜いておちょくるという新しい遊びに目覚めた悟のプレイを眺めてたら、もう21時を回っていた。そろそろ、夕飯取った方がいいかな。でも明日はお互い任務がない土曜日だから、このままお菓子ですませてもいいか……いや悟には何か食べさせないとダメだな……。
そう思って視線をやると、カチカチとスティックを動かす音の出る彼の手元へ目が行ってしまった。手が大きいな。コントローラーは彼の手に覆われていて、コントローラーの背面で余った指先をクロスさせていた。足もながければ手も大きい。私の1.5倍くらいはあるんじゃないだろうか。うらやましいなぁ。
私の視線に気づいた悟は、勘違いしてポッキーを差し出してきた。違うんだけど、いいや、もらっちゃおう。手を伸ばすと、急にぐらりと目の前が揺れる。……分かってないだけで結構お腹が空いてたのか?そう思った一瞬の後、頭のてっぺんからお腹に向かって悪寒が走った。
コレは、ヤバい。やばい、これは来たぞ。いつだって突然だな。

「なまえ先輩」
「……なに?」
「どっか体調悪い?」
珍しく悟の困惑したような声がして、顔をのぞき込まれた。一時停止をかけなかったせいで、テレビからは主人公の悲鳴が上がる。パチパチと、青い悟の大きな目が瞬きをした。うまく声が出ない。努めて何でもないように装うとしたが、痛みのせいで握り込んでしまった手から、折れたポッキーがこぼれた。悟は良い目を持っているが、それを使わなくても、とりわけ私が隠したいものを上手く見つけてしまう。
「さとる…しょうこちゃんを……呼んできて」
「あ゛?硝子!?」
「いいから……」
お腹が……とうめくと、悟は無言で立ち上がって部屋のドアを蹴破らんばかりに出ていった。早い。テレビの向こうの主人公の速度に耐えられないはずだ。
すぐに遠くから硝子ちゃんの怒る声が聞こえたが、それは徐々に近くなり、走るふたつの足音のうち部屋に入って来たのは軽い方だけだった。
「センパイ、来ましたか?」
「来……った〜……」
「薬持って来ましたよ〜。多分これは効くと思いますから」
硝子ちゃんはエビの様に丸まっている私を引きずってソファに座らせると、膝にブランケットをかけてくれた。プチプチとシートから錠剤が押し出される音がして、口あけてくださいねーという指示に従うと、錠剤2つが放り込まれた。
「ありがとう……悟は?」
「センパイは生理痛だからって言ったら、どっか行きました」
「だよねえ」
私の生理痛はかなり軽いが、年に2回くらい、まとめておきましたと言わんばかりに激痛で立ってられないものが来る。
上を向くと、冷たい水と錠剤が体の中を落ちていくのがわかる。ため息が出た途端に痛みが走って、また反射的に背中が丸まった。
「反転術式でどうにかなる…?」
「外傷じゃないんで無理ですね。……センパイ、どうぞ」
両手を広げてくれた硝子ちゃんの胸に頭を預けると、抱きしめてくれた。お揃いで買ったグリーンフローラルの香水の中に、タバコの匂いがする。ふふ、また吸ってたな。
彼女の胸でじっと痛みをやり過ごしながらおしゃべりしていると、薬が効いてきたのか徐々に痛みが軽くなる。ゼロではないが、黙って座っておくには支障はない程度だ。任務中じゃなくてよかった。
硝子ちゃんにお礼を言うと、何かあったらすぐに呼んでくださいねと笑って自室に戻っていった。悪いことをしたな。いくら硝子ちゃんも夜更かしするとはいえ、薬が効くのにずいぶんかかって、もう23時になろうとしていた。

眠気は来ないし、横になると痛みが増しそうなので、このまま座って眠くなるまで時間を潰すかなぁ。後ろの本棚から適当につかんだ雑誌を眺めていると、コツコツと床とラバーが触れ合う足音が廊下から響いてきて、私の部屋の前でぴたりと止まった。数秒経って、控えめなノックの音がした。
「……腹痛いの治った?」
体半分だけ部屋に入ると、悟はじっと私を見た。久しぶりにドアをノックされた。いつもは「俺」、「今いい?」とドア越しに聞くか、許可も取らずに入ってくるから。
「ソファから動けないけど座ってれば大丈夫。ゲーム、続きやる?」
「コードそこまで伸びないし。今日はいい」
「私は悟がしてるの見てるだけでいいよ」
「2人でやらなきゃ、つまんないでしょ」
部屋に入ってくると、悟はビニール袋を突き出してきた。
「これ」
「……なに?」
「カイロ」
「え」
「こういう時はカイロだろ」

受け取ると、中に入っていたのは言う通りカイロだった。あとはなぜか飴の袋が入っていたけど、それは俺が食べるヤツと横から攫っていった。
「ありがとう……」
「下のコンビニまでひとっ走りして来た。よくできた後輩でしょ」
悟は自慢するように笑い、本棚を物色し、2、3冊の漫画を手にして私の横に座った。
あ、カイロ、貼るタイプじゃん。ありがたい……。貼るためにポケットに入れている携帯が邪魔なので取り出すと、新着メールが1件来ていた。送信主は傑。こんな時間に来るのは珍しい。
『夜分にすみません。さっき悟が来て生理の時にいるものは何か聞いてきました。とりあえずカイロと伝えましたが、他になにかありますか?確実に先輩のためだと思いますが、違ったらすみません』
受信時間は1時間前。思わずふきだしそうになったのを堪えて悟に視線をやると、すぐに気づかれた。
「何?」
「いや……ふふ」
「なんだよ」
「いや、カイロありがとう。ふふふ……悟は可愛い、よくできた後輩だよ。すごく嬉しい。助かる……あはは、うん。すごくかわいい……」
最後はこらえ切れず笑ってしまって、あ゛?と、また苛立ちの混じった声を出し始めた悟の肩を抱き寄せて、頭を撫でる。髪の毛は汗で少し湿っていた。あの悟がだ。そんなに急いでくれたの。確かにコンビニは遠いからね。そうか。この痛い生理を悟が知るのは初めてだったね。傑と硝子ちゃんは知り合うのが早かったから、すでに知ってるんだった。
頭のてっぺんから、うなじ、こめかみ、両手で両方の頬も撫でる。実家の猫を撫で回してたから、私は撫でるのは上手いんだ。そうやってるとムカついてるという顔は、徐々にきまりが悪そうに赤くゆるんだ。そしたら悟は急に私の頭をホールドして来て、額同士をこすりつけられた。なんだこれ、と笑ったら、悟も小さく声に出して笑った。
「硝子と一緒の香水つけてんの?」
「ん……?もってるけど今日は使ってない。これは硝子ちゃんの匂いがついただけだよ」
「……なぁ、横になって寝ないの」
「ちょっとね。こっちの方が楽だから」
ふぅん。と悟はどうでも良さそうな返事をして漫画を開いたが、1分たっても全然ページはめくられなかった。
「……なまえ先輩、明日の朝、食べたいもんある?」
「うーん……オムライス。卵が厚めで、ふわとろじゃなくて、しっかり火がはいったやつ……」
「わかった。めちゃくちゃウマいの作る」
「ありがと。出ていく時は電気を消してくれれば、それでいいから」
「りょーかい」
悟は大きくあくびをして、やっとページをめくった。


薄ぼんやりとした暗がりの中で目が覚めた。妙に暖かくて、悟の匂いが近い。上着でもかけてくれたかなと思ったら、見慣れない重たい毛布がかけられている。……これ悟の毛布だ。なんでわざわざ自室から持って来てくれたんだろう……。私の毛布はベッドの上にあるのに……。けれど自分のよりずいぶん重くてふわふわしていて、気持ちがいいものだった。
部屋の電気は消えていたが、ソファ横のアームライトだけがついていて、悟はその光の下で寝る前と変わらず隣にいて漫画を読んでいた。大きな手は余裕のリーチで片手だけで漫画をささえ、ページをめくる。空いた彼の右手は、私のお腹の上にあった。さするようにその手は動いたが、その動きは不器用で、歩きなれていない小さな生き物のようだった。
なぜここに手があるのか寝ぼけた頭では理解できなかったが、分かったときにまた顔が緩んでしまったのは言うまでもないし、痛い臓器からは絶妙に手の位置がズレているなどという無粋なことも言う気にならなかった。


▼ ▼


「絶対今月だね。僕の予想、ここ数年外したことないから」

そう五条が数日前に言った通り、激痛は今月だった。ホントにここ数年は五条が言う通りに当たるので、休みを取っておいてよかった。薬を飲んでゆっくりしようと思ったら、インターホンが鳴る。確認しなくても誰かわかるので鍵を開けると、高専から直行してきたのかアイマスクに任務着の五条は部屋の中に入ってきた。
「そんな顔しなくても分かってるって。外から帰ってきたら手洗いうがいでしょ?」
「いや……授業……」
「3月末だよ。やることないって」
五条は手にぶら下げているビニール袋から、たまご、玉ねぎ、ハム、ケチャップ、バターを冷蔵庫にいれると、ほら座って、とソファへ促した。
最初に五条にしてもらったことが、こんなふうに習慣づくとは思わなかった。私がソファに座ると五条もまた腰をかけ、その右手を私の腰に回してお腹をさする。昔と違うのは、初めてしてもらった時は私の頭は背もたれにあったけど、今は五条にもたれているということ。あと五条は漫画を読まずに、タブレットで事務作業をしてること。そして、さすってくれる位置は正しいということ。

「なんで痛いやつが来るかわかるの?目?」
「んー。顔色だけど、なまえ先輩は自分で見ててわかんないの?」
「……わかんないなぁ」
「まあ、僕の方が先輩より先輩のことよく見てるからね」
五条は笑ってまたお腹をさすってくれた。本当に五条は、とりわけ私が隠したいものを上手く見つけてしまうなあ。

2020-03-18 お題作品
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