書類仕事をしながらふと外を見ると、虎杖くんが外から窓にぴったりくっついていてぎょっとした。
ここ2階だぞ。鍵の側を叩くので窓を開けると、外から見えたから。といつものニコニコした笑顔を振りまいてきた。
「なまえさん忙しい?」
「うーん。ちょっと。任務報告書が溜まっててね」
「鍛錬の相手やってくんない?お願いなまえさん」
「いいよ」
返事をすると虎杖くんは満面の笑みで、よっしゃ!五条先生の言う通りだ!と喜んだ。何吹き込んだ。
1年は3人で、1対1の模擬戦闘をする人数が足りないのだ。いつもは2年と合同でやっているけど、今日は2年が不在のため困っていたらしい。
校庭に行くと伏黒くんがこっちにむかって走ってきた。
「最初の相手は伏黒くん?」
「はい、よろしくお願いします」
30分ほど模擬戦闘をした後、フィードバックして休憩にすると伏黒くんはため息をついて座り込んだ。汗だくなので自分用にもってきたスポドリを差し出すと、お礼を言って受け取った。
伏黒くんの模擬戦闘の相手は、虎杖くんも野薔薇ちゃんもいなかった4月の頃以来だ。筋肉がついたり、交流戦、任務がかなりの刺激になったんだろう。4月とは動きが全然違う。
「やっぱりなまえさん強いですね」
「近接専門だしね。でも伏黒くんも強くなってきてるね〜。4月とは全然違う。領域展開もできたんだよね?この成長速度で来られたら、うかうかしてたら抜かれるな」
「できたって言っても、まだ未完成ですよ」
「私できたの高専出てからだったよ。すごいすごい。頼むから奥の手は使わないでね」
「……なまえさん、近接専門なんですか?前に任務についてきてもらった時、ガトリング砲作って撃ってましたよね」
「あれは雑魚が大量にいて距離取れるとき専用。コスパ悪いし命中精度も低いから間引きしたいときだけだよ。そして話をそらしたらダメだぞ」
「……はい」
伏黒くんはじっと私を見ると、キャップを開封してスポドリを勢いよく飲み、口を離す。
「この前五条先生に稽古つけてもらったんですけど、なまえさんと先生まだ付き合ってないんですね」
真剣な目つきだったので近接のレベルアップ方法や、領域展開の話が出てくると思ったら全然違う話が出てきた。え?と思わず聞き返してしまうと、同じことがまた返ってくる。
「ええ……突然……。まだも何も、付き合ってないよ。小さいころはあんなに反対したのにどうしたの」
「……成長するとモノの見方って変わるじゃないですか。それです」



五条からある日突然「ワケありの元禪院のガキんちょをバックアップすることになったんだけど、俺だけじゃ難しいところあってさ。力貸してくれない」と言われた。
私はあの頃、まだ五条の夢の話を知らず、五条を殺そうとした男の子供をバックアップするのに突然巻き込まれて困惑したが、子供の家に連れて行かれて解った。
その子の家族はたった1人、1つ上の血の繋がりの無い姉。そして2人はまだ小学生。女の子の成長を五条1人では手に負えないだろうし、家は罪のない子供を置いておくにはひどい環境だった。

任務の隙間をぬって、私は伏黒姉弟に会いに行った。一緒にご飯食べたり、姉弟間では相談しづらいことを代わりに聞いたり、あきらかに五条を警戒している下の恵くんが五条に言いづらそうにしていることを汲み取ったり、3人の潤滑油として動いてきた。近すぎず遠すぎない。たまに家にくる親戚の人くらいの距離感を努めて計った。

恵くんが小学校4年生の時だった。
いつも通り様子を見に行くと、恵くんのランドセルから両親へ参加を促す、授業参観のプリントを見つけた。恵くんは私の視線に気がつくと、来なくていいと言い張った。
それは他人に迷惑をかけたくない恵くんがよくつく嘘なのか、本当に嫌なのか、私には判断できなかった。どうしたものかと五条に相談すると、恥ずかしがってんだよ、行くべきでしょ、と即答されて授業参観に行くことになった。

授業参観当日、恵くんのクラスに行くと、強く両親への参加を促していた効果はしっかりと出ていて、教室からは保護者が溢れ、廊下側の窓からしか中を見ることができなかった。
保護者のスリッパがパタパタと歩き回る音の中、聞き取れたその日の授業内容は、なんと“お世話になっている人への感謝の作文”だったのだ。
「恵、僕のこと書くしかないじゃん。どうりで」
いや多分それはない。
周りから頭1つ飛び抜けた五条はどこからでも教室が見える。恵くんの番になったら教えてくれというと、サングラスの下の目がニヤニヤと笑っていた。
姿は見えないが、溌剌とした声が代る代る聞こえてくる。生徒1人ひとりがほとんど両親への感謝の言葉を述べる中、教室後方からはすすり泣く親の声がする。やばい、恵くんはなんと発表するんだろうか。保護者たちの隙間からなんとか見えた恵くんの小さな背中を見ながら、私は緊張で口から心臓が出そうだったし、五条は教室の温度にシラけて携帯でブロックくずしゲームをしていた。なんてやつだ。
そしていざ恵くんの番になったとき、一体彼は誰のことを作文にしているのかと思えば、“お世話になっているお姉さん”のことだった。

たまに家に来て自分たちの面倒を見てくれること、作ってくれる料理が美味しいこと、休日は疲れているけど遊びに連れていってくれること、夏は虫取りの約束をしていること、よく話を聞いてくれること。
たまに家に来ると話を聞く以外は、恵くんの前に発表した生徒たちの作文内容をミックスした丸パクリ作文だが、いつもこちらにひどく遠慮している恵くんが、こういう作文を向ける相手がその場しのぎでも私であったことが嬉しく、他の親と同じく感極まって鼻をすすりながら泣いてしまった。
速攻に恵くんにバレた。五条は笑いを噛み殺しながら私の手を引いて教室前から離脱した。

問題が起きたのはその後である。なぜが五条はこっそりと、私は五条の未来の嫁という嘘を恵くんに吹き込んでいた。
もちろん利発な恵くんは信じていなかったのだが、授業参観に2人で行ったせいで嘘を信じてしまい「アイツと結婚だけはやめた方がいい」と顔を合わすたびにアドバイスをされた。何をすれば小学生からここまで信頼を失えるんだろうか。



しかし最近、恵くんはちょっと変わって来ている。
難しい時期を経て高専に来てから、五条先生が会いたがってましたよ、なんか寂しそうでしたよ、どこそこにいましたよ……と私達のことをなにかと気にかけてくれている。アイツと結婚だけはやめた方がいいというお決まりの台詞は、ここしばらく聞いていない。
「つまりそれは、五条先生は伏黒くんの信頼を取り戻したってことかな」
「そういうわけじゃないですけど」
「え、そうじゃないの……?それはそれで問題なんだけど……」
「俺、ガキの頃は先生がヤバくて、なまえさんがしっかりしてると思ってたんですけど……なまえさんと俺って結構似てるところあるんですよね」
「……そうかなあ?」
「そうです」
ゆっくりと、そしてしっかりと断定した。伏黒くんはぐっしゃりとペットボトルを小さく潰す。
「伏黒くんに言われると少し困るな。モノを見る目があるから……」
「じゃあ騙されたと思って俺の言うこと信じといてください。なまえさんの事情は知ってますけど、死んでほしくないんで。なんとかしてください。スポドリ、ありがとうございました」
伏黒くんは立ち上がってゴミ箱の方へ行ってしまった。
付き合ってはいないが、五条という存在が私が生きる指針の1つになっているということは伝えるべきか悩んで、どう伝えるかまた悩んだ。

2019-11-10
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