※ 主人公死ネタ
07.任務を受けるのif /五条が間に合わなくて主人公そのまま死亡した場合





硝子、キレイにしてあげて。
治して、役立てて、調べて。どれとも違う初めて聞いた依頼だった。
こうやって台の上にのっていると、学生の頃に任務帰りに談話室のソファで眠っていた姿と全く変わらない。表面上は綺麗に拭われていたが、目や口の中を確認すると血が溢れてくる。睫毛は血で固まり、かたくなっていた。唇からは水気と赤みが消え失せている。皮膚も肉も、そのうちそうなるだろう。
「……呪霊にはならなかったのか」
「あぁ」
「そうか。じゃあ、お前の小指が引っかけてる女の指は私の見間違いでいいんだな」
五条の左手に、まるで子供がする約束のように細い小指だけが繋がれていた。呪力をまとい、黒くくすぶり、切断部が札で止めてある。
「大丈夫。変なことはしないよ」
僕は実家に送る手続きしてくるから、よろしく。そう言って五条は部屋を出て行った。先輩の残穢がゆらりと揺れている。もう変なことはしないよ、の間違いだろ。
手足の損傷はひどいが、服を脱がすと思いのほか綺麗だった。だからこそなまえ先輩の首元に幾重にも連なる、乾いていない透明な線が際立つ。アイマスクで隠しても、こういうところでわかるんだよ。
ああそうだよな。そうなんだよ。
先輩が死んじゃった。



なまえ先輩のバッグから鍵をだして、鍵穴に突っ込んで回す。勝手知ったる他人の家。
テレビ下の引き出しから通帳やカード、実印、そんな貴重品の類を持ってきたダンボールにいれたが、10分の1も埋まらない。実家に一緒に送るものを回収してこいなんて、ご丁寧に学長直々ダンボール付きで高専を追い出されたけど。うん。もう実家に返すものがない。

体は返すんだからいいじゃん。僕が先輩と作った部屋なんだから、中にあるもん送ったって家族がわかるわけないでしょ。ほとんど僕が押し付けたんだから、僕がもらうおう。ガキくさいことするなって?先輩相手だけだから心配すんな。
そういえば昔、自分が死んだら体ちゃんと実家に返せよって俺に言ったよね。返すに決まってんだろ。フィクションの頭おかしいやつと一緒にすんなよ。サスペンスの見過ぎ。やっぱり映画はアクションに限るね。

ぐるりと部屋を見渡すけど、やっぱりダンボールに入れるものはもうない。賑やかしにポストに突っ込まれていた新聞でも入れとくか。
部屋にあるもの。俺が押しつけたなんかいいところの夫婦茶碗。伊勢丹で一緒にいるときに勝手に選んでたら、夫婦扱いされてめちゃくちゃ困った顔してたよね。なまえ先輩がSNSで話題になったのをじっと見てたから買ってきた、体が大きくて顔が小さすぎるクマのぬいぐるみ。おかゆ作ってとせがんだら、先輩が買ってきた土鍋。出かけたときに悪ノリして2人で買ってまだ使ってないそうめん流し機、去年使ったタコ焼き機。まだ荷ほどきされてない、俺の荷物入れる用に先輩が頼んでくれてたカラーボックス。インテリアに悩んでたから俺のセンスで選んだらそのまま採用されて買い揃えられた家具。渡したら貼ってくれた、どっか遠くの景色のいい国のポスター。誕生日にあげたアクセサリー。こんなの実家に送っても、わからないでしょ。
帰ってきたらシーツ張ろうと思ってたんだろうな。丁寧に折りたたまれたシーツをどけて、マットレスだけのベッドに寝転んだ。天井を見上げる。狭いって文句いったら買い換えてくれたから、1人だとひどく広々してる。

みょうじなまえは自分の意思で呪霊になった。
そうしないと僕が呪うと思ったんだろう。特級過呪怨霊 折本里香の二の舞のハイできあがり。
頭が下がる理解力と理性だ。しかし死んだら呪霊になるようになんて、どうやったらできんの?やろうと思ったらできましたってか?
最後でさえ俺のお願い聞いてくれなかったね。死に目にくらい立ち会わせろよ。だって先輩と最後に話したやつ伊地知じゃん。伊地知へのアタり強くしよう。俺はそういう男だから。生徒以外には優しくないの知ってたろ、伊地知が泣いたらなまえ先輩のせいだ。
でも先輩、呪霊なんかなりたくなかったでしょ。不完全で弱っちい呪いだった。上半身だけができあがった本人とは似ても似つかぬ異形。でも祓われて消えるときに最後が小指っていうの、ホントさ。見上げた根性だよね。一撃で祓われないなんて攻撃力がない分、耐久に全振りしたのかな。だから生かしちゃったじゃん。この札めちゃくちゃ高いらしいよ。まあいいよ、呪霊を生かさず殺さず弱体化させて固定する呪符なんて呪詛師以外いらないでしょ。
腹減ってきた。そういえば先輩と行きたい店を調べただけでまだ連れて行ってなかった。スマホにいちいち情報ブクマしてさ。俺って先輩思いだろ?喧嘩しなかったら、あの日の翌日誘おうとおもってたのに。そうか、あれが最後に会った時か。

ベッドの端に丸まったTシャツを見つけた。いつも先輩が肌触りが良いって着てた白い部屋着。うっかり洗濯機に入れ忘れたんだろ。前も枕と部屋着が同じ白で同化して見えて、無くなった〜って焦ってたよね。それで俺がいつも探してやってた。

まだ匂いが残ってる。

切り替えたと思ったのに、またバカみたいに頭が痛くなってきた。

なまえ先輩はこの世に呪いとして自分を残すのを望まないだろう。
でも知らねーよ。そっちが先に約束破ったろ。なんで死んだ。なんで裏切った。なんで俺から離れた。


ぐしゃぐしゃになったアイマスクを外して、サングラスにつけかえる。
あの世でも生涯独身貫いてろよ。必ず迎えに行くからな、もう五条なまえって名乗っててもいいよ。男よけになるでしょ。あっちで会ったら僕が選んだウエディングドレス着てもらって、なまえ先輩が作ったチェーンソーで、先に死んだ腐ったやつらを切って切って切りまくって、あの世の向こう側に送ってやろう。2人の初めての共同作業。幸先いいだろ。

部屋の鍵を締めてポケットの奥にいれる。先輩と行きたかったパンケーキ屋の情報を呼び出す。特製フルーツチーズパンケーキ食べたら、なまえ先輩を祓おう。そしたら高専に戻って、ショックで次に逝きそうな伊地知のフォローをしよう。そして夜にはなまえ先輩に着せるドレスを選ぶんだ。ああでも、僕がジジィになってるから、和装の方がいいかな。

2019.08.22(リクエストネタ)
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