身支度をすませて大量の紙袋を持って部屋を出る。冷え込んだ真っ暗な廊下の中、後輩のドアの前にクリスマスプレゼントを置こうとしたが、廊下は暗すぎてラッピングにつけておいた付箋の名前が読めない。携帯のバックライトで確認しながら部屋の前で立ちすくむ姿は、クリスマス早朝の空き巣のようで後輩達に絶対見られたくないな。

音と気配を殺し、心配を杞憂に終わらせたが携帯に映った時間は5時22分。新幹線の時間を考えると6時には出ないといけない。予定時刻を過ぎてしまったのは、明らかにプレゼントを置くのに時間をとられ過ぎたせいだろう。
早足で向かった談話室は、昨晩と同じでひざ掛けやクッションがソファに散乱していた。手早く片付けた後、クリスマスツリーを倉庫から引きずり出してテレビ横に設置する。色とりどりのオーナメントが、外のかすかな光を受けて時折小さく輝いていた。電飾をテレビやソファにかけて、クリスマスツリーのてっぺんに電池内蔵で光る星をつける。談話室に様々な色が浮かび上がる中、クリスマスツリーの星が1番高い所で、1番強く輝いていた。

4年生がこのクリスマスツリーを飾るという話を聞かされたのは、ちょうど1年前のこの時期だ。来年はみょうじがやるのかなあと、依頼でも約束でもなく、強いていうなら予想のように先輩は言った。その時まで毎年このクリスマスツリーは先生が飾っていると思っていた。
特にこれといった約束も取り決めもないまま、代々4年生が倉庫から夜中に取り出して飾っていたらしい。だれが最初に買ってきたのかわからない。けれど今まで4年生が自分の番だと思ってやってきた慣習。オーナメントには比較的新しいものもあれば、古いものもあって、先輩たちが少しずつ買い足して手入れして来た様子が見て取れた。
なぜ4年がするのか。そしてなぜこの慣習が途切れなかったのか、4年になって実際にやってみるとよく分かる。
この寮で1番後輩たちの怪我や訃報を聞いている4年だからこそ、せめて後輩たちに今日くらいは楽しくいてほしいと、きっと最初にクリスマスツリーを買った先輩は考えたんだろう。
ガーランドやリースをかけて、最後に昨日膨らませておいた風船を飾った。部屋は去年の倍ぐらいの賑やかさになったのに、なぜ今日に限って単独遠方任務なのか。帰れる時間は夜の遅くで、海外で本格的なパーフェクトクリスマスデコレーショングッズを買い漁って来ただけに悔しい。後輩の驚く顔は見られない。

歯を食いしばって外に出ると、すぐにそれは悔しさから寒さへのものへと変わった。雪が降り始めている。高専は立地のせいですぐ積もるから、つまりホワイトクリスマスだ。さらに悔しい〜。
送迎を断ったので、自力での下山に備えてマフラーに鼻までうずめ、1歩踏み出そうとした時だった。
寮からなにか巨大なモノが落ちた音がした。振り返ると、やべぇ!!と大きな声がして窓が荒々しく開けられる。見上げるとその声につられて伊地知くんと七海くんの部屋の明かりがついた。

「なまえ先輩!待て!!」

誰かはわかるが、暗がりではその表情は分からない。呆気にとられてそのまま誰もいなくなった上を見ていると、寮の玄関扉が開いた。寝巻きのスウェット姿で出てきた悟が拳をつきだすようにして渡してきた紙袋は、数日前にファストフード店で悟が持っていた大きなものだった。受け取って中身を出してみるとリボンがかかっていて、かじかむ手と見えない視界でもたつくと、悟の手が伸びてきて引っ張る場所を教えてくれる。リボンをといて中のものを取り出すと、軽くてふんわりしたものが出てきた。
「……これなに…?」
「ちょっと中入って」
寮に戻って玄関の明かりをつけると、手にあったのは真っ黒の薄くて軽いフーデッドダウンジャケットだった。
「着て、いますぐ着ろ。先輩シャワー浴びてあんま経ってないだろ、さっき外で見た時、湯気出てたんだけど」
着ていたコートを脱いで、もらったのを羽織ると、さっきまで着ていたものより随分軽くて薄手なのに着た途端にぎゅっと中に熱がこもる感覚がした。外の空気が完璧に遮断される。寒さを全く感じなくなった。何だこれは。
“今まで食べてたステーキがゴムでした”と言うテレビの高級ステーキ店での食レポに、そんなことないだろと思っていたが、今まで着てたコートがただの厚手の布でしたという感想を持つほどに暖かい。つまりゴム肉はあるし、高級肉はこのジャンパーだ。
「あったかい……なにこれ……」
悟はため息をつくと私の手を取って、指の間に指を差し込んだ。いわゆる恋人つなぎだが、指の又で私の指をしめあげるな。痛い。恋人つなぎって名前の割に、これかなり暴力的なつなぎ方だよな。
「先輩さ、気づいてないだろうけど術式使ってる時は体温超高いけど、使ってない時かなり低いよ」
触った時に心配になる。悟は俯いてそうつぶやいた。
「いいやつだから、多分10年くらい使える。分かってるだろうけど、俺からのクリスマスプレゼント」
「大切にする……ありがとう!行ってくる!!」
悟の指の又をお返しに締め上げると、笑った彼の口から息が白く漏れて、ここは寒いんだったと思い出す。

駅の化粧室で改めてジャケットを着た自分を見てみると、みればみるほどサイズがぴったりだった。あの目、体のサイズとかも見えたりするのかな。それはちょっと恥ずかしいな。しかし後輩からの思いがけない心配から来たプレゼントに、鏡の中の私の顔はだらしなく緩んでいた。





「アレ?なんで寝てんの?」
応接室に戻ると、真希がピザをつまんでいるだけで、向かい側に座っている憂太も棘も、真希の隣のなまえ先輩も眠っていた。里香解呪・できてなかったクリスマスパーティ・そして僕の誕生日の3つまとめて超ハッピーな会にしようと思って、普段生徒は使えない応接室に現役高校生が好きそうなものを用意したのに寝ちゃってる。
「悟が帰って来るの遅ぇからだろ」
「えー、せっかくケーキ買ってきたのに」
「全員の予定確認してから計画立てろよ……みんな疲れてんだよ」
「確認して立てた結果が今日だよ。僕も多忙だからね。全員が揃うのは今日を逃したら1ヶ月後になるし?こういうのは早いうちにやった方がいいでしょ」
「よくこんな夜中にケーキ屋あいてたな」
「夜中にケーキが必要になる店ってけっこうあるでしょ。おーい、なまえ先輩起きて」
座ったまま横に倒れてソファの肘置きを枕にしている先輩を揺らすと、少し眉間に皺を寄せた。起きるかと思ったが手をダウンジャケットのフードに伸ばし、深くかぶると動かなくなった。簡単に起きないのは珍しいな。
「パンダは?」
「3人にかける毛布取りに行って帰ってこない」
「探してきて。僕は3人を起こすから。真希が僕と2人でケーキ食べたいならいいけど」
真希は顔を歪ませて立ち上がる。生徒の反抗期には相手が許容できる選択肢と、許容できないほど嫌な選択肢を混ぜて出すと効果的だ。真希が僕と2人でケーキを食べるのに、ここまで嫌悪感むき出しの反応をしてきたのは結構傷つくんだけど。
「なまえさん起きろ」
真希に声をかけられても先輩は全く起きなかった。フードを取られて肩を揺らされても眉間の皺が増えるか減るかでやっぱり起きない。寝かしとこうぜ。真希はそう呟くとフードを被せて、先輩を見下ろした。
「ずっとこのジャンパー着てんな」
「そうだね」
「高専の支給品?全然ヘタってない」
「それね、僕があげたの。……なにその目は。起きたら聞いてみたらいいよ。僕が高専3年の時にあげたから、そう考えると全然くたびれてないね。僕からのプレゼントだから大事に使ってくれてるのかな」
「高いやつだから丈夫なだけだろ」
無視して出て行った真希には、後で特別に僕と先輩の仲良しエピソードをめちゃくちゃ聞かせてやろう。
先輩のフードを脱がして、髪の毛を耳にかける。柔らかいその耳へ、先輩、と僕の唇が耳にあたるぎりぎりで囁いてみたけど全然起きない。耳弱いから普段なら跳ね起きるんだけどな。息を細く長く吹き込むとびくりと肩を動かしたが、やはり起きなかった。

百鬼夜行で怪我人や死人が出て人手不足が加速し、動ける呪術師達は元から少ない休日を潰されて次々過労で倒れている。つーか上のヤツら、傑の思想があの場にいた優秀な呪術師達に出回った後で呪術師の酷使って頭イカれてない?呪詛師になるヤツが出てもおかしくない労働環境だ。腐り切った脳じゃ休息も仕事の内と理解できないらしい。おかげで先輩も何年かぶりに呪力が底を尽き、過労とのコンボで先週ぶっ倒れた。この深すぎる眠りはまた過労の予兆かな。

「おい。生徒の前で寝入りを襲うな」

振り返ると真っ暗な廊下に硝子が立っていた。ソファに立て掛けられていた刀が音をたてて倒れて、倒した本人の憂太が僕と目があった途端に寝たふりをする。
「硝子は今にも人を殺しそうな顔してるけど大丈夫?」
「人を治してこうなってるんだから笑えるよな」
「ははは。それよりここに来るなんて珍しいね」
「先輩に誘われたんだ。乙骨、気を使わなくていいぞ。五条が悪い」
「憂太違うよ〜襲ってないって。耳に息を吹きかけてただけだよ。まぁ僕はキスよりすごい耳フーッができるんだけど」
「……い、いや、何も見てないです」
憂太は耳まで真っ赤にしていた。うわ凄い純粋。1ヶ月前の戦いがウソみたいだ。寝起きだったのは本当のようで、立ち上がって刀を拾い上げた足はふらついている。生徒達の任務数は制限されているが、それでもまだ半年くらいしか実戦経験のない憂太にはきついだろう。疲労回復のためにケーキ3台買ってきて正解だった。
「あの、先生となまえさんって…付き合ってるんですか」
お、まさかこんな質問がくるとは。他の子は恋バナなんて振ってくれないもんね。流石婚約者持ちは違う。
「そうって言いたいところだけど、違うよ。そんな関係よりもっと深くて、切れない存在なんだ」
「……僕と里香…みたいな感じですか?」
「んー……いや違う。似た関係なんてないよ。憂太と里香はお互いの代替が他の人間じゃきかないよね?僕たちもまたそうで、そうなると関係性にも似た形はないでしょ」
視線を泳がせたあと、憂太は頷いた。きちんとした回答を返しつつ、生徒の前でうっかり本当にキスしそうになった件への追求は逃げる。視線を感じて先輩の横に陣取った硝子の顔を見ると、胡散臭いものを見るような目で僕を見ていた。本当だって。
「はい、じゃあなまえさん起きて〜」
先輩をお姫様抱っこで持ち上げて振り回すと5週目で悲鳴が聞こえた。起きた起きた。楽しいパーティーはこれからだ。

2019-12-22
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