※シリーズ「09.過去を夢に見る」であった学生時代のやりとりの後日にあたります。


冬のアウターというのは色味のトーンがだいたい似通っている。あわせて薄曇りの天気と枯れた木々で景色がくすんできた頃、クリスマスイルミネーションが街を彩る。
イルミネーション文化がいつ始まったかは知らないが、店先やモニュメントがライトアップされると少しだけ安心する。社会の陰鬱さは来年の繁忙期に直結するから。

賑わう雑踏の中、信号待ちでなんとなく目をむけたファストフード店のガラスの向こうに気になる姿を見つけた。
貼られた目隠しフィルムでぼやけて見えるが、並ぶ黒や茶の中にひときわ目立つ白があった。おそらく目にあたる位置に2つ大きな黒が見える。メールを送ってみると、案の定その白が動いた。
『どっから見てる?』
簡潔な返信を確認し、視線を戻すと立ち上がった悟の背は目隠しフィルムの高さを越えていた。彼は私を見つけると、俯いて携帯をいじった。
『こっちきてポテト食べるの手伝って』

店内は制服姿の学生が多かった。なんでかな、期末試験前かな?メニュー表を見るとポテト全サイズ150円。なるほど。高専の近くにもファストフード店が欲しい。
ドリンクを買ってイートインスペースに向かおうとすると、入り口にトレイを持った悟が立っていた。
「ここもう満席だから上行こう。さっき団体客出てった」
「トレイ持とうか?」
「ん?ああ、大丈夫」
やけに大きい紙袋を持った悟は、器用に降りてくる人を避けながら2階へ上った。フロアの中心は団体客がいなくなって席がぽっかりと空いているが、端のふたりがけも空いている。トレイを2つ置くともう余裕がないテーブルは、教科書やノートを広げる学生には人気がないのだろう。悟はそちらの小さなテーブル席にトレイを置いて、腰を下ろした。
「うわ」
トレイの上にはLサイズのポテトが4つもあった。ひとつつまんでみる。まだ揚げたてなのが救いだ。
「お腹空いてたの?」
「いや、つい癖で買ってさ」
悟と傑はここにくると150円の時は決まってLサイズを2つ食べていた。彼は小さくため息をつくと3本を一気に口に放り込む。閉じてると小さい口なのに、開くときはぱかりと開く。
しばらく黙々とポテトをつまんでいたが、ポテト2つ目半の所で悟が無言でドリンクを差し出してきた。味変タイムだ。十中八九、中身はマックシェイク。多分私がいつも頼むお茶を望んでいるんだろうが、残念ながら今日はコーラだ。交換してすすると、明らかにマックシェイクなのに、マックシェイクより格上の何かが入っていた。
「あっっ……っま!!!!」
「シェイクにガムシロ3つ入り」
「え……?あま……舌が麻痺してる……え?……マックシェイクでガムシロどうやって手に入れたの……」
「1人でいたときに、隣に座ってたお姉さん達からもらった」
サングラスを上げてキメ顔を晒し、私のコーラをすすると「コーラ味の水みてぇ」と呟いた。そりゃこんなの飲んでたらそうだわ。
「ちょっとお茶買ってくる……なにか欲しいものある?」
「ナゲットとシェイクおかわり」
このポテト食べるのに私は必要だったのだろうか。

目当てのものを買って戻ると、悟はなぜか私が座っていた席にいた。黙々と食べられたポテトはLサイズ3つ目半に入っている。悟がいた席に座ると、彼はじろりと私を上目遣いで見た。
「なまえ先輩、これ何」
銀のリボンが小さくつけられた黒い紙袋。それは私が今日外出した理由であり、椅子に置いていったものだった。
「プレゼントだよ」
「男向けじゃん?誰に?」
「誰って……」
「なんだよ」
「悟にだよ」
「えっ」
明らかに不機嫌さを隠さずにいた顔は、裏返った声を出した。長い睫毛をパチパチとしばだたかせ、私の顔をじっと見つめた。
「誕生日プレゼント。遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう」
毎年サプライズがバレるので今年はしないでおこうと思っていたのに、意図せず成功してしまった。日本に戻って来たのがちょうど悟の誕生日の翌日で、傑の件やその他事務作業に追われていたから、渡す機会を逃していたのだ。
悟は紙袋の中を覗き、複雑かつ丁寧にリボンのかかった箱を取り出した。
「悟の誕生日すっとばして他の人にプレゼントあげないよ」
「……開けていい?」
「どうぞ」
毎年のように包装紙を速攻やぶるのかと思いきや、今年は丁寧にリボンをといて包装紙を少しも破らず箱を開けると、中身をゆっくりと取り出し、「かっくいー」と呟いて笑った。
一応ガタイのいい店員さんにつけてもらって確かめてはいたが、ちゃんと穴が足りたようで安心した。悟は近づけたり離したりして、手首にきちんと収まった腕時計を眺めた。
「サンキュ。超気にいった。海外任務の時に買ってきてくれたの?」
「うん、買って帰ってきたんだけど包装がくずれたから、さっきラッピングショップに行って綺麗に包装し直してもらってきたんだ」
道を聞きに入った店で偶然ショーケースに入っていたのを見た途端、悟のことを思い出した腕時計だ。
メンズの腕時計でクロノグラフは、シルバーで厚みのあるブレスレット型が多い。北欧で見つけたそれは柔らかいブラックレザーのベルトに加え、文字盤も過不足のない装飾も、全てが黒の濃淡だけでデザインされていた。
「包装なんてさぁ、気にしなくていいのに」
「私の気持ちの問題。せっかくの誕生日なんだから、1番良い状態であげたかっただけ。北欧のデザインはシンプルでかっこいいから、似合うと思ったけど大正解だったね」
「それ俺がかっこいいってこと?」
サングラスを今度は完全に外して本日2度目のキメ顔を晒す。見慣れた顔はかっこいいのはもちろんだが、最近は可愛いの方に傾いてしまうのは、先輩という立場のせいだろうか。
「そうそう。だから悟へ身につけるものを贈るのは気を使うね」
「これ結構高かったろ」
「……悟は頑張ってるし、私は来年はいないから。最後かもって思って奮発した」
「別に遠くにいくわけじゃないだろ。誕プレ回収しに行くから。部屋もう決まった?」
「いやまだだよ。来月あたりから探す予定」
悟の最後と、私の最後の意味は違う。
高専を出ると、任務が適切に振られているか確認する教師のストッパーがなくなる。教師がいても見極めに穴があるというのに、独り立ちすればなおさらだ。卒業して3年以内の殉職率は学生の頃に比べて跳ね上がる。
「なまえ先輩がさ」
「ん?」
「消え物じゃないのくれたの、初めてなんだよな」
確か1年の誕生日はスタバのギフトカード、クリスマスは菓子の詰め合わせ。2年の誕生日は壊れたと言っていたので部屋用冷蔵庫、クリスマスも洋菓子だった。
「冷蔵庫は消え物じゃないでしょ」
「家電は実質消えもんだろ」
悟はストローに口をつけると、ガムシロ入りのシェイクを一気に飲み干し、腕時計を撫でた。

「だから、なまえ先輩からこれ貰えて、かなり嬉しい」

目を細め、眉尻が下がって、頬は少し紅潮していた。壁の電飾の光を吸い取って、青い目はキラキラと子供みたいに輝いていた。そんなに喜んでくれるとは思っていなくて、私の口からもストローが離れる。
来年も消え物じゃない方がいいのかな。消え物が邪魔にならないかと思って選んだから…あ、今度のクリスマスプレゼントもお菓子にしてしまった。何か買い足そう。
「そういえば悟は今日なんでここにいたの。買い物?」
足元にある悟が持っていた大きな紙袋も、どこの店かわからないが街並みと同じくクリスマス専用の特別デザインだ。小さな子供が入りそうなくらいに大きい。
「クリパ用のプレゼント買いに行ってた」
「大きいね。誰への?」
無言で悟は私を指差すと、俺も負けないくらい良いもの買った、と悪い顔で笑った。

2019-12-07
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