※名前付きモブ補助監督さん・捏造呪具あり


術式上、構築の反動を体に負う私は自分で怪我を治す手段を持っている。
20センチほどの大針が10本ワンセット、失くしたら実家でシバかれること間違いなしの2級呪具“治水”。患部に刺しておくと怪我の治療促進ができる呪具だ。単純骨折くらいまでならこれで治せる。
ただ使用中は呪力を流しておく必要があり、自己治癒能力を無理やり促進するので体がひどく疲れる。(なので硝子ちゃんが入学してきてくれた時は泣いて喜んだ)
1番のデメリットは治癒が遅いというところにある。使っている間は寝れないし、患部に刺しているのでむやみに動き回ることもできない。
その間の暇つぶしとしてDVDや漫画に手を出すようになった。最初は何も考えず店に行くと、田舎には無かった品揃え。東京はやっぱりすごい………。発売日にモノがちゃんと店にならぶ……取り寄せが半日で済む……感動して買い漁っていたら部屋の中はすぐいっぱいになった。
読みこんだものは売ったり実家に送ったりして、厳選したお気に入りは談話室に置くと先輩達に好評だった。面白かったと声をかけてもらえるのが嬉しく、また話のネタになるのも良いので、しょっちゅう内容を入れ替えていた。

そんな談話室に置いていたものに変化があったのは2年生の夏だった。
任務に行くついでに談話室に置いた漫画の新刊を置きに行くと、そのタイトルだけごっそりなくなっていた。無言で借りられるのは初めてで、驚いてしまい部屋の中をうろうろ歩き回っていると、1年の夏油くんが階段を降りてきて私を見て首をかしげた。
「夏油くん、ここにあった漫画知らない?」
いえ。と返事をしたが、彼は顎に手を当てて考え込むと、あっと声を上げた。
「悟の部屋に漫画が積んであったので、それかもしれません」
「あ〜五条くんか」
硝子ちゃんは学内にいることが多かったので会え、夏油くんは気を使って彼が挨拶に来てくれたことで知っていた。

五条悟。
彼のみ最後まで交流が無かったのには理由がある。
まず私が準1級に昇級して4、5、6月と任務だらけで新入生と顔合わせのタイミングがなかったこと。
1年の武闘派の2名はもう1級呪術師レベルで、私と模擬戦闘をするなど関わる必要がなく、彼もまた任務で高専にいないこと。
会うために探しにいったが、任務スケジュールが合わず結局会えなかったこと。
だから名前も忘れてしまうくらい接点がなかったのだ。
「先日はすみません。悟がDVD返しに行かなくて」
「いやいや、むしろ行ってもらったら悪いし。ところで五条くん、ここのモノみてるの」
「なまえ先輩のDVDを私と見た日から談話室のものを漁ってるみたいで」
「じゃあ新刊はここに置いておくって伝えといて。あと、読んだら返してねって」
「任務ですか?」
「ん。いってきます。あ、そうだ、夏油くん、私も傑って呼んでもいい?」
「勿論。そろそろ私もそう呼んでもらいたいなと思っていました。いってらっしゃい」
夏油くんは手をふり、笑顔で私を送り出してくれた。後輩の男の子にこういうこと言うの初めてなのでちょっと緊張した。繁忙期のせいで本当は4月にやっておくべき交流が今になった。遅くなったけど、やっと新年度を感じる。



無傷で任務から帰れたので実家に送る荷物の荷造りをしていると、夜遅くに荒っぽくも少し躊躇が混ざるノックがあった。硝子ちゃんとも傑とも違う。誰かわからないまま返事をすると、ぬっとでかい男が入ってきた。
「これの新刊ある?」
ごっそり失くなっていた漫画を1冊持って五条くんがそこにいた。先日会った時は痛みで頭がよく回っていなかったので、あらためて彼の背の高さを感じる。傑と同じくらいなのにそう感じるのは、体に沿ったラインの服を着ているからだろうか。
「あるけど談話室においてるよ。傑に聞かなかった?」
「えっ聞いてない」
五条くんは部屋に入ってくると中を見回して、荷造りしている私の隣にひと1人分あけて座ると、ダンボールに詰める予定の漫画をぺらぺらとめくった。
「これどうすんの」
「実家に送るんだ」
五条くんはそれらに次々目を通すと10冊ほど片手で持って、これ借りてもいい?と尋ねてきた。
明後日実家に送るから、それまでに返してくれればいいよと条件をつければ、わかったと言って部屋を出ていった。
まだ少ししか彼と話していないが、期日通り返しにくるタイプではないだろうな……と思っていたが、翌日の夕方に寮室に戻ってくると漫画10冊持って五条くんが部屋の前にヤンキー座りしていた。
「まさか返しに来るとは思ってなかった」
「俺のことなんだと思ってんの。他の漫画も貸して」
先日の躊躇はもう無く、部屋に入ってくると持っていた漫画をダンボールの横に置いて、今度は本棚の漫画を物色した。
「面白かった?」
「うん。この作者の別作品とかある?」
「1番右の上段にあるよ」
「サンキュー。ってかこの本棚低くない?もう少し上のスペースも使えば?」
「怪我してるときは手が上がらないから、その高さまでが1番便利なんだ」
ダンボールに封をして宛名を書いていると、また五条くんは片手で10冊持って私の手元を覗き込んできた。
「実家古本屋でもやってんの」
「いや。両親が読むからね。店にもおけるし」
「実家呪術師でしょ?」
「いや。鍛冶屋だよ」
「はあ?」
心底わけがわからないという顔で眉間にシワがより、彼は横に座ると立膝をつきじっとこちらを見る。この話もしかして続きを催促されているのか……?
「……血筋は呪術師だけど、術式の受け継ぎ方にむらがひどくてね。母は構築術式で鍛冶をしてる。私が唯一呪術師としてやっていけそうなレベルだから高専に入ったんだ」
「なるほどね。ところでさ、1級いけそうなのになんでまだ準1級なの」
「……理由はいろいろ。秘密ってことで」
「それ傑は知ってる秘密?」
「いや知らないかな。勘づいてはいるかもだけど」
「俺の家やあの仕事と関係ある?」
五条くんは視線だけを部屋の端に置いている破損した呪具によこした。雲行きの怪しい質疑応答だ。イカれてるけど、この子も五条の子。しかも秘蔵っ子。御三家とウチは直接つながりはないが、御三家の影響力は大きい。実家に何か問題が降りかかることは避けたい。
「……秘密だね。でももし直接関係があっても血筋とそこに属する人は別だと思ってる。五条くんに何か言うことも特別視もしないよ」
「へー。でもあの仕事、上の奴らの圧力でさせられてんだろ。それなのによくそんな綺麗事いえんね」
彼がサングラスを少し下げる。初めて見えた青い瞳は息をのむほど綺麗だった。そして表情の機微でわかる。この質問は彼の単純な好奇心で、そして私を値踏みする質問だ。
「……修理を頼んでくるのは上だけど、実際呪具を使っているのは現場の人間だ。使い慣れた呪具がないと任務で支障がでる。……なんていうかな……私がやらなかったことで……死人や怪我人が出て欲しくないんだ。それだけ。今は依頼人が上しかないから圧力かかってるように見えるけど、一般の呪術師からも依頼があれば修理するよ。実際先輩のもやっているからね」
素直に答えようとしたが、うまく話せなかった。誰にも言うつもりなかったことだから、とっさに出てこない。
彼とは残り3年は付き合う仲だ。嘘を答えて評価がどちらに傾いても息苦しくなるだけだ。
意味通じた?と聞けば、ふーんと気のない返事が部屋の中に漂って「なまえ先輩も俺のこと名前で呼んでいいよ」という突拍子もない返事を最後に彼は出ていった。

すっきりしない会話だったが、その日を境に五条くん、もとい悟は漫画を借りに部屋によくやってくるようになった。
遠慮はどんどんとなくなっていき、座椅子を占領し、ベッドに腰かけ、ベッドに寝転び漫画を読み漁った。
そして漫画の感想を話し、日々の雑談をして、夜がふけると部屋に帰って行く。
悟による私の部屋の私物化が進んでいく中、治水で怪我を治している夜も彼が側にいてくれるのは嬉しい誤算だった。夜中1人で怪我を治すのは寂しいとまではいかないが、少しばかり感傷的な気分になるので、そこに悟がいてくれるのは助かった。他愛もないことを話して、左手無事なら桃鉄につきあってと部屋にテレビをおかれて、その流れで深夜番組を見て、長い夜が短くなるのは楽しい。



秋が深まってきた頃、少し遠出した単独任務の帰り。補助監督の生田屋さんが任務帰りの傑と悟をピックアップするので遠回りをするという。2人も任務だったのかと考えていると、街並みの中にすぐに傑の姿が見えた。
「おつかれ〜」
「お疲れ様です。同乗者が先輩とは思わなかった」
「夏油くんすみません。今から五条くんを迎えに行きます。山奥なので少し揺れますから2人ともシートベルトを締めておいてください」
言われた通りに締めると、傑の携帯が鳴る。
「先輩、悟にメアド教えてもいいですか」
「ええ……なんか悪用されそうだからやだ……」
「すみません、もう教えました」
「許可をなぜとった……」
傑はにこやかに笑うと携帯をしまった。
「夜中に先輩の部屋から帰ってきた悟は、いつも鼻歌歌ってるんですよ。私の部屋まで聴こえてきて面白くて。懐かれましたね」
「なつかれた……のかなあ。部屋目当てじゃない?悟のおかげで漫喫化が進んでるよ。でも殺風景だった部屋が部屋っぽくなったし、夜に話し相手がいてくれるのはとてもありがたい」
「アイツは好きな人のそばにしか寄りませんよ」
「そうかなぁ。なら嬉しいね。そうだ、傑も今度一緒に桃鉄しよう。今2人でやってるんだけど、結局最後はキングボンビーのなすりつけ合いになるんだ。結託してどっちかが悟を押さえておけば勝てる」
「なるほど。それは考えたことがなかった」
「傑も悟としてるの?」
「この前99年しました」
「長っ……」
私の携帯が震えた。知らないメアド、件名は無題、添付を知らせるクリップアイコン。その待ち受けは誰なんですかと傑が画面を覗き込んでくる。ジェイソン・ステイサムだよ。

添付画像を確認すると、日が落ちてきた山を背景に、地面に刺さっている細い杭の上にペットボトルが絶妙なバランスで10本積まれていた写真だった。絶妙にしょうもない。
続いて来たメールには自販機と背をくらべてウインクしてる悟の自撮りだった。顔がいい。自撮りのパーフェクトアングルを心得てる。傑は思いっきり吹き出した。
「私の所に送られてくるのは倒した呪詛師なんですけど。アイツかわいい後輩のフリを始めたな」
「……生田屋さん。すみません五条くんが暇でどうしようもないみたいで写メ連打してくるので、なるはやでお願いできますか」
「了解しました」


山頂で暇そうにベンチに座って足を投げ出していた悟を拾ったのは20分後のことだった。遅い、と生田屋さんに文句をいう悟を傑が外に出てなだめる。そして後部座席に乗るためにドアを開けた途端、ばちりと私と目があった悟は乗らずに反対側の私がいる方のドアを開けて、来ちゃった。と語尾にハートでもつけそうな声で乗り込んできた。来ちゃってるよ。
「メール見ただろ。返信してよ」
「返信に困ったんだよ。傑に送ってるシバいた呪詛師の写真ならまだコメントのしようもあったけど」
「だったらなんて返したの」
「写真撮るのはやめたほうがいい」
「そこは先輩として後輩を褒めるべきだろ」
「こわいわ傑さん〜!この子怖いわ〜!!育て方間違えたかしら〜!?」
「悟は仕留めたモノを積極的に見せにくる生き物とは聞いていたが、私たちの愛が足りなかったかな……」
「おい仲良くすんな。傑もボコった呪詛師の写真送ってくるからな」
「みなさん、山を降りるので、またかなり揺れます。舌を噛まないように口を閉じておいてください」
車はすぐにがたがたと揺れ始め、ちょっとしたアトラクションのように弾みだす。
中腹まで来た頃、悟がなぜか頭をしこたま窓にぶつけている。なんだ。どうした。肩を引き寄せてみると、長い睫毛を持つ目は閉じられ、うつらうつらと眠りかけていた。
「眠いの?」
「………………起きてる」
「寝てるよ」
「悟の任務はこの山で活動してる呪詛師を探すことだったんですよ。山の中を探し回って疲れたんでしょう」
「悟、私の肩に頭のせとけ。そっちに傾いてるとサングラスもおでこも割れるぞ」
そういったものの動く気がなさそうなので、サングラスを外して肩を引き寄せると、こてんと頭が肩に乗った。
悟の背骨が痛くなりそうだが、頭をずっとぶつけるよりマシだろう。肩を抱いたまま山を降りて平地になっても、悟はぐうぐう眠っていた。思ったより顔が幼い。可愛い。
「悟ってパワー無尽蔵おばけみたいなイメージがあった」
「確かに。もう目が覚めても良さそうですけど」
傑が悟の肩を揺らし、おいと呼びかけるとうっすら目がひらいた。
私が悟の代わりにかけているサングラスを取ろうとしたのか、目の前まで悟の手が伸びてきたけど、そのまま手は空を掴み私の腿の上に落ちる。また私の肩に顔を埋めてぐりぐりとすり寄ってきて「高専についたら起こして」と言い切った。
「この子、普通に睡眠不足じゃない?」
「おい悟。昨日何してた」
「…………2日………完徹で…………漫画読んでた」
「あっ……、そういえば2日前に40巻くらいある漫画貸した……。2日完徹で山の中走り回るのはパワーおばけだわ」
傑はため息を着くと、携帯を取り出して私達を撮影した。
「悟への記念に」
「なんの記念。でもかわいいから写真、後で送って」
「もう送りました。今のお気持ちは?」
「カワイイ後輩ができて嬉しいです!傑もカワイイよ」
そう褒めた途端、どろりと首元に液体が流れる感触がする。
「傑、悪いけどハンカチかして」
「うわ……今日ちょっと忘れてます」
「嘘!さっきポケットに見えたぞ!」
カワイイ後輩に秒で裏切られる世界。緩んだ顔で爆睡する後輩のよだれで首元が濡れたまま高専に帰る時間は、いつもより長く感じた。

2019-09-10
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