最近自転車を買った。
おかげで夜の外出が捗る。リュックに入れたレンタルDVDがカサカサと音を立てる。
任務柄、夜の行動も多いけれど任務中は帳を降ろしているし、それ以外は基本送迎車の中にいるので補導されたことはない。しかしやっぱりこの制服でウロウロしていたら補導されるんだろうか。一般校のセーラーともブレザーとも違う特殊なタイプの制服はそもそも制服と認識されるんだろうか。……まあ大きな後輩たちはまず大丈夫だろうな……。いつもそんなことを考えながらコソコソとお気に入りのレンタルビデオショップに通っている。
軽快な音をたてて自転車が闇夜を走って行く。少し前は金木犀の香りがあったのに、薄くなってきた。夜風も少し冷たくて冬が近い。
高専に帰り着き、部屋の前で時間を確認するともう21時半。1本見て寝るかな。ドアを開けるとベッドの上にでかい長いものが横たわっていた。

「どこ行ってたの」
「DVD借りに行ってた」
「メールしたのに」
携帯を開くと未読24件。電源切っててよかった。悟はまた寝返りをうつと、壁に向かって小さく丸まった。
「また傑と喧嘩したの?」
「喧嘩してないし。アイツがわけわかんねぇだけ」
悟は傑と喧嘩するとすぐ私の部屋に逃げてくる。傑と来るときは傑が中に入って待つのは良くないと、2人で部屋の前に座っているのですぐわかる。
目当てはだいたい漫画、DVD、CDを借りにくることだが、悟が傑と喧嘩して逃げてくる時はいつも遊んでくれる傑がいないから、かまってほしくて来るので用がないのだ。それだから困る。帰らない。
「うんうん喧嘩なんだな。待つならせめてソファでね。昨日シーツ変えたばっかりなのに」
「やなこった」
悟はシーツにぐりぐり顔を擦り付ける。
五条家の秘蔵っ子と聞いていたからどんな箱入りかと思っていたが、蓋開けたら大きな子供だった。
もっと血筋最高、五条家以外は全部俗物、話したくもありません。みたいな育ちをしてるのかと思えば全くそうじゃない。(一般人と自分より弱い人間は血筋関係なく舐めきってるが)想像と真逆だった。
だから悟の口からデジモンなんて聞いた時は驚いたし、五条家どこでデジモン買ってきたんだよ。伊勢丹か?いや伊勢丹ってデジモン売ってんの?行ったことないからわからんな。五条家ってジャスコとか行くのかな。
部屋の電気をつけると悟は眠そうにあくびをした。少し目が顔が腫れてるからしっかり寝ていたんだろう。シーツの上に放り出されているサングラスをベッドサイドにおいてやり、目をこする悟の頭を撫でてやると大きく伸びをした。
「なまえ先輩のベッド小さくない?」
「いや小さくないよ。最初から入ってたやつ」
「そっか。俺のベッド交換してもらったんだった。何見るの?」
「ホラーのやつ」
「つまんなくない?俺達祓えるじゃん。貞子なら勝てると思う」
「そういうフラグみたいなノリには付き合わないからな」
映像が再生され、薄暗い画面に親子が映る。マンションに越してきた親子は、雨漏りがする部屋に困っているようだ。管理会社適当すぎでしょ。と顎を私の肩にのせて眠そうに悟はつぶやく。
「なまえ先輩、洋画サスペンスが好きじゃない?珍しいよねこのチョイス」
「店員さんにオススメされたんだ」
「へー、管理会社が気が狂ってて、ここに来た親子がへんな部屋で精神がイかれて行く様子でも見るのかな」
「悟の発想が1番怖いわ」
「だってなまえ先輩が好きなの、そういうサスペンスばっかじゃん」
「サスペンス映画のやりとりが好きで、別にそういうのが好きなんじゃない。あっ、談話室においてたDVDとか勝手に持ち帰ってるの悟だろ?返しておいてよ」
「はあ?俺じゃないよ。……寒くなってきた。毛布どこ」
「椅子のところ」
悟は毛布を取ると、また勝手にベッドに横になって画面を眺める。肩に顎を乗せてくるのが地味に辛い。痛いんだよ、顎が。
「なまえ先輩さあ、年末実家に帰る?」
「多分帰るよ。家族も会いたいから。硝子ちゃんと傑は?」
「硝子はまだ聞いてない。傑は知らん」
「喧嘩するなって」
「うっせ。ここ残って。絶対に笑ってはいけない一緒にみて」
「寂しがりやだなあ……悟は実家帰らないの?」
「つまんないでしょ、あんなところ帰っても」
まあ愉快なところではないな。
悟はまだかまってほしいのか顎をぐりぐり肩に押し付けてくるのでじわじわ痛い。やめてほしい。見ながら飲む予定だったコーラのボトルを口に押し込むと、静かになった。やっと静かな時間が手に入るかと思いきや、ぷはっと息継ぎが聞こえてベッドから飛び起きる。
「談話室にあったので、まだ途中までしか見てないやつあったんだ。それ見よ」
「え、これ面白いから嫌なんですけど」
「取ってくる」
脱いでいた靴を履くと今にも走り出しそうなので、傑に謝れよ、親友なんだろ。そしたら部屋に戻れるでしょ。そう声をかけると、悟はUターンして、こちらにズカズカ歩いてきて頭を叩いて来た。
「なんだよ!キミの履歴書を勝手に芸能界に送って携帯の着信止まらなくさせてやるからな!」
「なまえのバーカ」
「なまえ先輩だ!」
べッと舌を出すと、悟は走って行ってしまった。
デッキからDVDを抜く。そのじんわり温かいディスクの感触にまた冬を意識した。

そういえば、悟と出会ってまだ半年くらいだな。
悟を見ていて思う。彼はとても純粋だ。五条悟のイメージが違ったときに、1番驚いたのがそこだった。
煽れば怒る、楽しいと笑う、ムカつくと喧嘩する。傑にべったり。ある意味、あんなに染まりやすくて大丈夫なんだろうか。……無いと思うけど、例えば傑が死んだり、悟と道を違えたりしたら、彼は大丈夫なんだろうか。なんだかんだで私は彼の素直な子供みたいなところが可愛いと思う。あのまま大人に……なったら困るけど、その純粋さが曇らないといいと思う。御三家の上の奴らみたいな大人にならないでくれよ。
電気をつけたまま部屋の施錠をして、DVDを持って2つ隣の部屋に行く。ノックすると程なくして硝子ちゃんが顔をだした
「どうしたんですか?」
「ホラーDVD借りたから一緒に見よう」
「センパイだけならいいですけど、五条はダメですよ」
「大丈夫、というか匿って」

部屋のドアを破る音がして、なまえどこいった!と、悟の声がするのは、10分後のことである。

2019.07.21
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