190センチ越えの黒ずくめ、黒目隠しのベロベロによっぱらった後輩に肩を貸して歩く。
というよりは長い後輩の腕を、自分の肩に引っ掛けて引きずっているレベルだ。私も任務帰りだったから服は真っ黒。敗走した黒の組織か。夜で良かった。しかし夜だから異様な空気を警戒してタクシーは止まってくれない。私でも空車を予約に切り替えてやり過ごすだろう。
「なまえ先輩ぃ〜」
「やめて!耳元で言うな!ぞわぞわする」
「あははは」
「いった!」
絡みついてきた五条の足に引っかかって転んでしまう。アスファルトと後輩に挟まれて抜け出せない。心がしんどい。家にそのまま帰ればよかった。捨て置くわけにもいかない重い後輩を持ち直して、また立ち上がる。

任務が終わって、補助監督と合流してすぐ五条から連絡が来た。今日の任務地が近いから終わったら飲まない、と。なんでもできそう(実際できる)で、毒とか薬とかも効きませんよみたいな顔してるのに、五条は下戸だ。初めて聞いた時は騙されてるのかと思ったがマジだった。
しかしシンデレラやシャーリー・テンプルなどのノンアルカクテルや、バーの雰囲気は好きらしく、夜遅くのお誘いは専らバーが多い。今日は五条が最近知ったという、夜も本格的なパフェを出してくれるバーに行った。
話すのはいつだって半分仕事、半分プライベートだが、今日の五条は生徒の成長が最近目覚ましいと嬉しそうに語ってくれた。さらに生徒が買ってきてくれたという、押すと目玉が飛びでるプニプニしたマスコットを自慢された。お土産は羨ましくないが、五条が楽しそうに生徒について語る姿を見るのはとても好きだ。
彼はご機嫌で、頼んだパフェも美味しかったらしく、端的にいうと浮かれまくっていた。

彼にあわせ私もノンアルカクテルを飲んでいたが、1杯くらいはいいだろうと、フェアリーランドを頼んでお手洗いに行って戻ってきたら、空になったフェアリーランドを前に五条が酔っ払っていた。まあ間違えるのはわかる。横で自分にあわせてノンアル飲んでいた相手がフェアリーランドなんていう甘くて綺麗な、いかにもシンデレラと同種のノンアルカクテルです、みたいなものを飲んでいれば間違えるだろう。味も甘い。間違えてしまうだろう。

いや勝手に飲むなよ。


「吐きそう……」
「まてまて吐くな!まだ吐くな!!あと5分まって!最悪の場合は術式でどうにかして!すごい速度でどっかにぶっとばして!」
「なまえさぁ〜〜、昔さ、給食で同級生にゲロぶっかけられたって話してたじゃん。あれちょっと嫉妬したから僕もやりたい〜〜」
「おぞましい嫉妬はよせ!!それやったらもう絶対絶対絶対お酒でないとこしか行かないから!!」
連呼する程に必死だ。今日の任務より過激で苦戦している。懐かしすぎる小学生の思い出。あれを五条に話したのいつだっけ?たしか学生時代だぞ。五条はなんでも覚えてるから怖い。

マンション前の自販機で水を買って五条に持たせたが飲む気がない。もったまま私にしがみついてくるので水に濡れた冷たい手が頸動脈を的確に冷やしてくる。夜風が寒い。こいつホント酔うとろくなことしない。
部屋にぶっ倒れるようになだれ込み、完全に目を回している五条から目隠しを取り上げると、白い肌はまぶたまで赤くなって、ふにゃふにゃ意味の無い言葉を話す。水をもたせてトイレで吐かせている間に、おざなりにしていたベッドや部屋を片付けていると、水を流す音がして五条はふらふらと部屋に入ってきた。
「吐けた?」
「ちょっと。背中さすって」
「え、まだ吐くの」
「へーきへーき。もう気持ち悪いだけだから」
我が物顔で綺麗に張り替えたつやつやシーツにごろんと猫のように寝転がると、空色の目を細めた。顔だけは本当に文句なしにいい。
「ほら、あっち、壁の方を向いて。寝るまで背中さすっといてあげるから。寝ゲロはよせよ。さすがに死んじゃうから」
「んー……」

▼ ▼

起きたら五条がべったりくっついていた。抱きしめられているという表現よりは、吸収前の捕縛みたいな体勢だ。色気もなにもない。また胸をもみやがってと思ったが、何度か一緒のベッドで眠って気がついた。本当に触っているのは、脇の下と脇腹に残っている、ばっさり切られた傷跡である。

あの百鬼夜行で傑の部下にやられたものだ。
触れられるたびに、何度記憶が薄れても思い出す。

なまえ先輩は、いなくならないでよ。

記憶の奥にある、傑がいなくなって、いつもと同じなのにうなだれていることが手に取るように解った悟の背中。撫でた時のふわふわした髪の毛。私をみつめていた瞳。
硝子、悟、それから、傑。可愛い後輩とたくさんバカやった、私にとって楽しかった学生時代。忘れられない可愛い後輩たちのこと。

腕から抜けだそうともがくと、小さな笑い声がした。首をひねると、すっきりした顔の五条がにやにやと笑っている。
「おはよ」
「……えぇっ……」
起きてたら離せよ、という気持ちを込めて頭を撫で回すと、声を出して笑った。
「僕がおいていったパンツある?」
「いや、パンツおいてってたの」
五条は起き上がると、部屋のはしにまとめていた彼がおいていった服や本、充電ケーブル、お気に入りのお菓子などを詰め込んでるカゴをあさり、未開封の黒い袋を持ってシャワーを浴びに行った。あれパンツだったのか。

2019.06.19
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