「報告は受けていたが、痛ましいな」
「ピンク・フロイドのアルバム、狂気のジャケットのコスプレです」
「わかりにくいボケをするな」
そういいつつもスマホでジャケットを検索してくれる夜蛾先生はやさしい。両腕を折って両方吊ってるせいでちょうど正三角形ができているだけなのだが。というかピンク・フロイド聴かないんですか。外見は完全にメタリカかけて、スモークガラスの車で夜道を走って、カーブを攻めてるイメージなんですけど。実際はラパンで流れるラジオは美味しいお店の話だろう。メタリカとか聴かせたら体調崩すかもしれない。

祓い逃しはしなかったけど久しぶりに呪力の出力を上げきらないと勝てないタイプにあたって反動で両腕折れた。構築術師として体に負担がかかるのは仕方ないことだけど、ここまでやったのは久しぶりだ。そんな日にかぎって硝子ちゃんがいないとは。応急処置で近くにいた治癒ができる術師とコンタクトが取れたから、あらかたつないでもらっているが、明日までこのままで過ごさなければならない。
学長室を出ると、どん、と思っきり硬い黒いものにぶつかる。見上げると五条だった。久しぶりに光の下で見るとでかいし、あまり見ないオールバックに黒い目隠し姿は少し話しかけづらい。
「ピンク・フロイドの狂気」
「……いやもうそれじゃ笑わないから」
初めて会った時は学生の頃はわらったくせに。初対面でげらげら笑った上に、男と私を間違えた後輩。言う私も私だけど、初対面の緊張をほぐすためのダダ滑り予定の渾身のギャグだった。鼻で笑われる程度だと思ったら、爆笑された。両腕複雑骨折してる人を爆笑するか?この後輩が狂気だ。やっぱり御三家はすごいな。イカれてなきゃやってられないもんなこの世界。そこのトップだもん……と呪術師界の闇の深さを教えてくれた(結果的に教えられたのは五条の笑いの沸点の浅さだったが)後輩の頃が懐かしい。あの頃はこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。
過去に思いをはせていたら、五条はまるで困った猫のようにうろうろと私の周りをうろつく。
「硝子は?」
「さっきちょうど入れ違いで会えなくて。明日には戻るらしいから、一旦家に帰ろうかなと」
「え、大変じゃん。泊まろうか。ご飯たべられないでしょ」
「いや、慣れてるから大丈夫。折れてるの腕の骨だし。それに7割は繋がってるから、手首から先はどっちも動く」
「えー、遠慮しないで」
「悟くんがこの前、僕だと思って抱いててとか言っておいていった体と頭のバランスがおかしいクマのぬいぐるみが悟くんの代わりにいるので大丈夫で〜す」
買い物に行ったときにノリで買って、ノリで置いていったものである。捨てるにも大きいし、人形は大なり小なり呪いが宿るから大切にしろと言われて育ったので、邪魔でしょうがないのにどうにもしようがないんだよ。
「今から回収しにいくから、三秒で支度する」
「こんなことに術使わなくていいから。部屋片付いてないし、だめだめー、また今度」
「僕そういうの気にしない男だから」
「私が気にする女なんだよ」
「学生の頃はすぐに部屋にいれてくれたじゃん!」
「あの頃は五条たちがたむろすから、入っていい部屋にしてたの!今日は本当にダメ。ぐちゃぐちゃ」
「最近あんまり部屋に入れてくれないよね」
私の部屋には五条が買ってきて勝手に置いていったものが多い。男避け〜とかいって歯ブラシ置くし、インナー干すし、夫婦茶碗にされている。何度か五条に誰とも付き合う気はないと伝えているし、彼も理解しているはずなのだが、時折彼はこうやって私を疑うような行動をする。

じゃあ、車回してもらうから、そうつぶやいて伊地知くんを呼び出そうとする五条を体当たりして止めていると、あっ、と大きな声が聞こえた。
「先生みつけ……誰?」
五条を捜しに来た男子生徒の声だった。服の上からでもわかる。フィジカルの強そうな、人懐っこそうな顔つきと雰囲気。あれが前に話しに聞いたイタドリくんだろうか。こちらに来ると、ぱっと笑って、こんちは。 と元気に挨拶してくれたが私の腕をみると、心配そうな顔つきで様子を聞いてくれる。確かに呪術師にあまりいないタイプだ。かわいいし、眩しい。
「悠仁、彼女ね、新しい先生のみょうじなまえ。担当は国語。僕の先輩で奥さん」
「何年も前の与謝野晶子を根に持たないでダーリン」
「僕そういうの本気で忘れないからねハニー」
え、マジなの?と私と五条の顔を交互に見るイタドリくん。善良な若者よ。騙されるな。

2019.06.12
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