「シャンシャンは人間から見てもカワイイですけど、パンダ的にはどうなんですか」
先日、上野動物園に出た呪いを祓った時に撮ったシャンシャンをパンダくんに見せると、スマホを一瞥され、ため息をつかれた。
「上野にいる触れないあざといパンダより、目の前の触れるイケメンパンダ先輩を見てくれよ。お前を満足させられるのは俺だけだぜ」
「えっ……かっこいい……」
「そこ茶番やめろ! パンダやるぞ!」
真希さんの持っていた暗器がぶっ飛んできて急いで伏せる。パンダくんは行く行くと手を振ると立ち上がり走って行く。巨体なのに動き早いよなあ。

任務の合間をぬって1・2年合同訓練に混ぜてもらった。今日は狗巻くんと伏黒くんが任務でおらず奇数のため、ローテーションで一人が長めの休憩を取ることになる。筋トレをしながら休憩を消費していると、次に組む予定の虎杖くん、そして次は休憩の野薔薇ちゃんが日陰に戻ってきた。
「なまえさん、俺にもシャンシャン見せてよ」
「ふたりともおつかれ。どうぞ」
「え、これ、飼育員さん? めちゃくちゃちっこいのな」
「かわいい! まだ見に行けてないのよね。私達にも上野動物園の任務が入んないかしら」
「どうですかねえ。またあるかも」
「あのさぁ、なまえさん。やっぱ敬語どうにかなんない? 俺達のほうが年下なのに」
「呪術師としては先輩なので」
「気にしないわよ、私達は年上のなまえさんにタメ口だし。もしかして体育会系?」
「根っからそうではないですけど、気持ちが落ち着かないというか。大学も年上が多かったから敬語が染みついてるんですよね。でも時間経ったらくだけた感じになるので。あ、動画も撮ったので見ていいですよ」
二人は楽しそうに画面をスワイプする。なんだかんだで一番交流が多いのは虎杖くんかもしれない。戦闘スタイルが近接打撃で一番近いし、まずは虎杖くんの4分の1に追いつこうと最初にここに入った時に五条さんから目標設定された。ちょうどついこの前まで彼は死んだことにされていたせいで暇な時間が多く、よく手合わせしてもらった。

「あれ。これナナミン?」
「ナナミン?」
「これ」
虎杖くんが指をさしたのは、でんぐり返し中のシャンシャンの右端に写り込んだ七海さんだった。
「七海さん……。あ、ナナミン……」
「なまえさんが組んでるのナナミンだったの」
「虎杖くんの知り合いだったんですか」
「うん。世話になった。いい人だよな」
「ですよね。厳しいですけど、きちんと指導してくれるのですごく助かります。動きがダメだとか、間を取れだとか、むやみに突っ込むなとか、さっさと術式が分かればもっと楽になりますよとか……」
「めちゃくちゃしごかれてない……?」
「結構……思い出したら泣けてきた。弱い自分が憎い……」
七海さんはすごく強い。自分の術式の解説をしながら敵をさばくし、なぜ今からこういう攻撃をするか説明をしてそのとおりに行動する。刀身が布でぐるぐる巻きの鉈をという切れないもので斬撃のように鋭い攻撃を放ち、返り血ひとつ負わない。
貴女は教えるより実践で見せた方が飲み込みが早いからと、次々任務に連れ出されている。そして任務後はすごく長い溜息をつかれるので、早く一定レベルに育てて私の指導を辞めたいのだろう。すごく申し訳ない。新人教育なんてめんどくさいだろうな。早く強くならないと。
「よし、虎杖くん、1本やりましょうか」
「うし、いいね」
満面の笑みで虎杖くんは立ち上がり、私は野薔薇ちゃんに背中を叩かれる。いまのところ虎杖くんは私と22戦、21勝ち、1引き分け。私の勝ちなし。

「なまえ、悠仁、どう? 強くなってる?」
虎杖くんが力の入れ方を間違えて芝生にぶん投げられた。そのまま転がっていると、青空だけだった視界に突然五条さんが入ってきた。
「ご、ごじょうすぁん……」
「あらーやられちゃって。こうしくんにはまだキツかったかな」
「五条先生、こうしくんって誰?」
「今の子にハム太郎通じないですよ」
「えっ……ウソ……明日はもっといい日になるよねなまえ太郎。途中から見てたけど、うん。七海の言う通り筋は悪くない。コツコツ頑張ろう。七海も褒めてたよ」
「なまえさんマジ強くなって来てるよ。腕力とかのせいで俺には勝てないけど、動きはめっちゃ良くなってる」
「本当ですか? 良かった」
「マジマジ。僕が忙しくて面倒みられないから七海に丸投げしたけど大正解だったね」
「本人の目の前で丸投げって言うのはちょっと……」
「だからお詫びに今日は制服のカスタマイズオーダー受付に来ました」

黒ずくめだから気づかなかったが、五条先生は分厚い黒い本を小脇に抱えている。9月の山が暑くないのかこの人。
「いいんですか。いやでも、この歳に制服は……」
「ガチの学生服じゃないよ、仕事のユニフォームとしての制服ね。僕が着てるこれも学生の頃の制服とそんな変わんないし、高専所属術師はこういうの持ってるんだ。要望は何でも柔軟に対応してるよ。参考に過去の生徒のアルバム持ってきたから、現役高校生の悠仁や野薔薇の意見も取り入れてカワイイのにしなよ」
分厚い本はアルバムらしく、受け取って眺めると学生証用から生活の様子までたくさんの写真が並んでいる。数少ない女子を探すと、デザインはブレザーやセーラーのような女子高校生らしいものは少なく、スーツや事務服のような何歳でも着られるものにしている子が多い。任務で社会人的な振る舞いを求められるせいか、こういう方が使いやすいんだろうな。女子を探して次々ページをめくっていると、ふとある男子生徒に目が行った。
「……この子、どなたですか?」
「ん? なまえは男子の制服がいいの?」
「いや、まあ、パンツスタイルがもちろん良くはあるんですけど……」
「何? 声、浮ついたけど好みの男でもいた?」
木陰で休憩していた野薔薇ちゃんが後ろから覗き込んでくる。さすが現役高校生。恋バナに敏い。
「この子です。かっこいいですね。モデルみたい」
「うわ、ホントだ。背も高いし、脚長っ。髪の色も薄いし外国人かしら。……なに笑ってんのよ」
五条さんが腹を抱えて笑っていた。とうとう座り込み、膝と地面まで叩いている。
「いやー……。彼に目をつけるとはなまえはお目が高い。そいつは七海の同期だから、明後日の任務で聞いてみなよ。写真貸したげる。ついでに制服もお披露目といこうね。ちなみに七海はどうなの」
「すごくいい指導者ですよ」
「ちーがーう。男としてだよ」
ねぇねぇと五条さんは私のつむじを人差し指でつついてくる。地味に不快だ。
「意識する暇ないですよ……浮ついた気持ちだと死にます」
「え? 魅力ない?」
「だからそんなの考えてる暇ホントないんですって……」
最強は余裕なんだろうけど、こっちは数ヶ月前は普通の大学院生だった素人なのだ。現場でそんな余裕は無い。

▼ ▼

「七海さんはハム太郎知ってます?」
「目の前の相手に集中してください」
「……はい……」
余裕は無いが、組んでる相手とは仲良くなりたい。そう思って振った渾身の世間話が1撃で葬られてしまった。
七海さんは背後から襲いかかってきた二級をノールックで逆手持ちした鉈で一刀両断すると、そのままの勢いで前方の三級も祓った。私は目の端でその姿を見ながら3級に拳を叩きこんで祓う。乾いた音がして呪霊が煤になって消えた。小学校の裏にある霊園にふきだまっていた呪霊はこれで終わりだ。
握りしめていた拳を解く。虎杖くんとの手合わせと七海さんからの指導のおかげで、三級レベルなら楽に祓えるようになってきた。

「任務完了です。3級はもう余裕みたいですね。次からは二級メイン、準1級も入ってくる任務を回してもらいます。3級と二級では強さは全く違いますから、次回はその余裕を捨ててください」
七海さんに同行しての八回目の任務が終わった。七海さんが“帳”を上げると、下ろす前は青かった空も今はもう真っ赤に変わり、黒いカラスが群れをなして森の方へ飛んでいく。子供の笑い声も近く、時間はちょうど小学生の下校時刻になっている。最近は1回の任務で祓除する呪霊数が多い任務ばかりで、特に今日は私でさえ20体近く祓った。緊張した筋肉を伸ばすため大きく背伸びをすると、七海さんがこちらを見ていた。

「どうかされましたか?」
「今日のは正式な制服ですね。支給品ですか?」
「はい。似合いますかね」
「……動きやすそうでいいと思いますよ。それに生地が丈夫ですから怪我も減るでしょう。ただ長袖も早く注文しておいた方がいいでしょうね。そろそろ夜中の任務が振られそうですから」
ノースリーブのトップスにスカンツのボトムス。これがオーダーした私の夏制服だ。呪いの階級が上がるほど、任務は時間を問わずとにかく急ぎでというのが増えてくるらしい。そうなると七海さんの言う通り夜中は寒いかもしれないが、ノースリーブにしたのには理由がある。
「暑いんですよね。呪霊を殴ると」
「夏ですからね」
「いや違って、戦う時に両腕が発熱したみたいに熱いんです。術式と関係あるんでしょうか?」
「……分かりません。発現の兆しなのかもしれませんし、貴女特有の癖なのかもしれない。ちなみに私は発動時にその状態にはなりませんが、発熱に動きを制限されないならそのまま様子を見ていいでしょう」

帰りましょう、と七海さんが霊園の出口に向かって歩きだす。祓い終わって一息つくと頭から汗が吹き出た。ポケットからハンカチを取り出そうとして手に触れた、普段ここにないものの感触に、私は今日の別任務を思い出した。
「七海さん、この写真の人が七海さんの高専での同期だと五条さんが言ってたんですけど、どなたですか?」
道が狭いので後ろから写真を渡すと、受け取った途端に七海さんが止まる。急なものだから私も止まれず、そのまま七海さんの背中にぶつかった。
背中広い。硬い。やっぱり近接で戦うならこのくらい鍛え上げないと役に立たないのだろうか。へろへろで厚みのない自分の体に落ち込みかけていると、七海さんが振り返った。
「ホルダーが顔にあたったでしょう。怪我はありませんか」
「あ、ホルダー……。大丈夫です。その人、覚えてますか?」
「……返答の前に1つ質問です。なぜ興味があるのですか」
逆に聞き返されて言葉につまる。理由を言ったら怒られないだろうか……。でも待たせたらもっと注意されそうな気がする。どうしようか。素直に言うか、嘘をつくか。迷っているとセミが飛んできて、カウントダウンのように喚き散らすせいで考えが上手くまとまらない。……彼は七海さんの同期らしいから言っても問題はないだろう。
「顔が……素敵だな……と」
正直に答えると、七海さんはちらりともう1度写真を見て、大きくため息をついた。これ怒られるのでは?

「私です」
「え?」
「だから同期などではなく、これは高専1年の頃の私です」
眼鏡取ったらこんな顔をしてるのか。
日本人とは違う彫りが深い切れ長の目に、グリーンがかった瞳は冷めてそうでいて、少し幼さがある。そしてさらさらの髪の毛。
返された写真をまじまじと見て、もう1度見上げると七海さんの背中が遠くなっていた。私、すごく恥ずかしいことを言ったんじゃないか? 火照る頬を叩きながら七海さんの背中を追った。

2019.08.12
2023.07.25 修正
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