「みんながお世話になってる七海とみょうじが結婚したのでサプライズパーティやるよ!!」
教室に入ってきてすぐ、虎杖、釘崎、伏黒を前に担任の五条は手を叩いてそう告げた。
「高い焼肉屋貸し切り!!」
「銀座のお寿司!!!」
虎杖と釘崎が我先にと手を上げるが、五条は目隠しをしていても分かるにこやかな笑顔のまま、いなすように指先をひらひらと動かしてもう1度手を叩く。
「はい!悲しいですが今回の会場は高専の応接室です!!」
目に見えて虎杖と釘崎の熱気がダウンする。背を伸ばして椅子に座っているのは伏黒だけになってしまった。
「どっか会場借りたほうが楽じゃないですか」
「恵の言う通りだけどね、今回は他の学年の生徒や教師も顔出したいから。全員高専から抜けるわけにはいかないでしょ」

交流会が終わりしばらくした頃、学内に2人の結婚話が入ってきた。「何かお祝いをした方がいいんじゃないか」という声がちらほらと生徒達から上がってきたのを五条は耳にしていた。五条にあまり関係のない人間であれば口を出す義理はないし、生徒の自主性を尊重したい。しかし七海には虎杖の件で世話になっていたし、そもそも学生時代からの後輩だ。
一方、みょうじは最近高専に入ってきたが、会えば雑談を交わす程度には五条と仲がいいし、間接的にとはいえ生徒の面倒も見てくれている。それに2人の仲を取り持ったのは自分だと五条は自負している。
そんな2人の門出は生徒たちにも祝ってもらった方が、2人のためにも、そして勝利をおさめたとはいえ不安の残る交流会後の息抜きとして生徒達のためにも良いだろう。なら各種権限を持ち、突然こんなイベントを持ち込んでも突き通すパワーがある五条が音頭をとらないと、スケジュールの確保ができないなと判断しての主催だった。

「なるほどね……じゃあ板前呼んでもいい?」
「野薔薇は寿司好きだね。呼んでもいいけど外部の人間を高専内には入れられないから、下で握ってもらって走って運ぶって感じになるよ」
「やっすいバラエティ企画か!じゃあ事前に私達が料理買って応接に運ぶって感じ?」
「そうそう。冷蔵庫も隣の給湯室にあるからね」
「……日程的に全員顔出せる日ってあるんですか?」
伏黒の落ち着いた反応に、五条はもちろんとピースサインをキメた。
「奇跡的に1日だけあってね、明後日の午後。でも僕がその日任務で直前までいないんだよ。3人の理解が早すぎて説明が前後するけど、いない僕の代わりに料理の準備を3人にお願いしたいわけ。部屋の装飾は2年にお願いしてるよ」
「なるほど。……でもローストビーフ切ってくれるシェフも呼べないのにパーティと言えるのかしら?」
「目の前でオムレツも作ってもらえないしな」
「お前らなんでパーティのイメージがそんな具体的なんだよ」
「はいはい!デリバリーはいいけどピザ頼む時みたいに下まで取りに行けるものまで!料理の領収書は僕宛でもらっといて。全部あとで精算するから。あとアルコールは禁止ね。僕飲めないし、一応学校だから。ジュース買っといて」
「タピオカ屋、領収書とか多分ないわよ?」
「それパーティで使うやつ?単なる食べ歩きは自腹でね」

▼ ▼

授業が終わって任務も無い。普通の学生でいえば放課後。3人は自販機の前のベンチでジュースを片手にパーティの計画を練ることにした。パーティは明後日の午後。今日中に計画を立て、明日の授業後に一晩持つものは買いつけを行い、当日の午後に追加買い出しを行うスケジュールは口に出さなくても全員が理解していた。
「パーティって何を用意すればいいんだ?」
伏黒はスマホで“パーティ 料理”と検索してみたが、検索上位に来るのはレシピばかりだった。より精度の高いワードを考えて検索ボックスに打ち込むより、実現が難しくてもパーティのイメージがはっきりしている2人の考えを軸に計画を立てる方に舵を切りたかった。
「ナナミンはパンが好きだから、まずはパンかな」
「アンタなんでそんな気安いのよ」
「死んでた間にナナミンと一緒に任務したから。2人はナナミンの事知ってる?」
死んでいた間。2人は眉をひそめたが、もうそれについてはとことん責めているので、無言で流した。
「俺は何度か話したことがある」
「私は無い。どんな人?なまえさんから突然結婚するっていう話だけきて、いきなり過ぎて呪詛師に操られたか、詐欺かと思ったわよ」
「THE・大人って感じの人。ベージュのスーツ着てて……ここじゃあんな人ナナミン以外いないと思うけど、釘崎見たことない?すげえ仕事できそうな会社員みたいな格好してる……あ、なまえさんが見せてくれたパンダの写真にちょっと写ってたけど、あれボケてたしな…」
「ベージュのスーツ?……見たことあるかも」
「……おい、好きな食べ物の話だったろ」
逸れていく軌道を伏黒が修正し、2人はみょうじなまえについての記憶を探る。食堂で昼食を共にすることは多かったが、これと言って好物の話をしていた記憶がない。出されればなんでも笑顔で食べていた。買ってきてくれるお菓子はいつもコンビニの新作で、甘いのもあればしょっぱいものもあったし、新作ということに重点を置いていて、そもそも本人の好みが反映されていないように感じる。コーヒーを飲んでいるときもあれば、コーラを飲んでいたときもある。
3人の情報を共有しても、やはりヒントになりそうなものはない。
「……埒があかないわ。直接聞いてみる」
釘崎はスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げると、素早くテキストを打ち込んでいく。
「なんて聞くんだ?」
「パーティやるから食べたいものあるかって」
「サプライズじゃなくなるじゃん」
「パーティはパーティでも、遅めの交流会打ち上げっていうことで」
「なるほど」
「虎杖もその手で七海さんに好きなもん聞いてみたらどうだ?パンだけじゃな」
「りょーかい」
虎杖も釘崎が書いた文章に似せて、打ち上げに頼む料理の参考にするから、好きなものと念の為嫌いなものを尋ねるテキストを書いて七海へ送った。生徒が同じ目的で聞いて回っているという体を装うためだ。

打ち終えて3人が一息ついた時、3人のスマホに一斉に通知音が鳴った。五条からだった。
『七海は結構グルメだよ』
「グルメ…ねぇ……。もっと具体的な情報寄越しなさいよ……」
「ウィンナーにハーブとか入ってないのダメなタイプとか?」
「なんでウィンナーなんだよ」
「いや、なんかそんなイメージない?」
「まあ分かるけど……分かるのが悔しいわね」
「……ところでみょうじさんはA定食とB定食だったらA派だったよな」
「じゃあ肉派か〜。伏黒!上手い肉!銀座!」
「美味いもの銀座に全部あると思ってないか?」
「とりあえず銀座ってつけとけば、美味しい店探せるでしょ」
「……お前らの方が出歩いてて俺より店に詳しいだろ。食ってみたい店とか、いいと思った店、片っ端からこっちに送れ。リスト化するから」
2人が話している間に伏黒はパン屋を探してみたが、どれも良さそうに見える。つまりどれも大差なく見えるのだ。食に対して関心が薄く、こういう情報を探すのに3人の中で1番向いていない伏黒は虎杖と釘崎のセンスに任せ、出てきた店が今回の目的に合ってるか取捨選択しつつ、購入ルートの段取りを考える方が向いている。
「それもそうね」
「うっし。やるか」
釘崎は元から流行を追っているのでこの手の情報の検索能力が高いし、虎杖はふらふらと街歩きをしているので気になっていた店が多い。2人は次々と店の情報を伏黒に回し、伏黒が持ち帰りはできるか、大人数向きのメニューはあるかなどの角度から店を再考する。

飲んでいたジュースが空になりかけたころ、虎杖のスマホが鳴った。七海からの返信だった。
『お久しぶりです。交流会お疲れ様でした。特に希望はないので、皆さんが好きなものを頼んでください』
七海の返信を見て、マトモな大人だ……と3人は確信した。虎杖がボタンをタップしようとすると着信が来る。表示された名前はちょうど返信しようとしていた七海だった。
『交流戦お疲れ様でした。あと高専復帰もおめでとうございます』
「ありがと!さっきの件だけどさ、マジでなんもないの?」
『ありませんよ。こちらへの気遣いは不要です。ところで差し入れを持って行きますが、欲しい物はありますか?』
他の2人が聞こえるようにスピーカーに切り替えた途端に出た質問に、3人はマトモな人間のためにきちんとパーティをすると心に決めた。主役に差し入れを持って来させるのは気が引けるが、ここで不用意に断ればそれはそれで不自然である。
「んーじゃあ飲み物とか?ペットボトルのデカイやつ」
視線で2人に判定を頼むと、釘崎と伏黒が10と書かれた札をあげるので、虎杖はほっと息をついた。
『参加者は何人くらいですか?』
「……たぶん10人くらい?」
『わかりました』
七海との通話が切れた後、3人は顔を見合わせた。
「10人って適当に言ったけど、あってる?」
「そんなもんでしょ。………七海さんってなんか思ってたイメージと違うわね。ちゃんと味見してから買ったほうがいいやつ?」
「そうだな。上がってる店の半分くらいは持ち帰りできるから、今日買って食えば味の検討つくだろ」
「……そうなると時間ないわね。私もかけるわ」
言うが早いか、釘崎はみょうじに電話をかけ、繋がる前にスピーカーに切り替えた。何度か呼び出し音が鳴った後、みょうじはやっと電話に出た。
『ごめんなさい。仕事してました』
「連絡したの見た?」
『うん。ちょうど考えてましたけど、特に浮かばないですねえ。嫌いな食べ物もないですし』
「好きな食べ物は?みんな肉とか甘いものとか具体的じゃないものしか言わないから、なかなか決まらないのよね」
『えー……じゃあ……パン』
旦那の洗脳か?という言葉を飲み込んで、釘崎がパン以外の物と条件づけると、パーティなら唐揚げとお寿司?とぼんやりとしたイメージの返事が帰ってきた。
みょうじはついこの前までは質素な大学院生だったので、食の好みはどちらかというと七海より3人の方に近いし、生徒がメインのパーティ料理と伝えているせいで、これ以上深堀りしても生徒が好きそうなものしか答えてくれないだろう。距離が近いから普段は少し忘れてしまうが、この人もマトモな大人だった。
釘崎はそう考え、この会話を切り上げることにした。
「了解。お寿司いいわね」
『お寿司はいいですよね。美味しいし、パーティにあると華やかだし。まあでも、何を食べるかより、誰と食べるかだと思いますから、私はホントになんでもいいですよ』
みょうじの言葉は3人の胸にすとんと落ちた。そしてこの言葉は主役からの言葉だからこそ意味がある。しかしそんな主役だからこそ、普段食べないような美味しいものを(人の金で)食べてほしいのだと3人は決意を固くした。
「……ところで結婚どう?なんか面白いことあった?」
『面白いこと?え、面白いこと……?!え……面白いことを聞く!?ん……野薔薇ちゃん、私の結婚相手のこと知ってましたっけ?』
「まあね」
さっき知ったけど。と釘崎は脳内で付け加える。
『面白いこと……、面白いことね……見たとおり、七海さんめちゃくちゃ完璧マンなんですが』
「惚気けてる?」
『新婚なのでお許しください野薔薇さま…』
「許さんわ。ウソ。聞きたいから話して」
『ありがとう。七海さん、寝起きはいいんだけど眠りがすごく深くてね、何回か起こさないと起きないんですよね』
「それ寝起きが悪いっていうんじゃないの?」
『いや、寝起きが悪いってのは起きても二度寝とかしたり、ぐずっちゃうタイプでしょ?七海さんは眠りが深すぎて目が覚めないの。目が覚めれば二度寝もなくスッキリ起きるんですよ……まあこれも寝起きが悪いのにもしかしたら入るかもですが……』
「あー……なるほどね」
『で、七海さんの胸筋、腕筋はとにかくパワーが凄いから重くて、更にがっしりホールドだから寝起きの私の腕力じゃ七海さんの腕からすぐ抜け出せなくて、新手のSASUKEか?ってくらいパワー使って抜け出さなきゃいけないんで、めちゃくちゃ疲れるんですよ。どうしたものかなあって最近思ってたんだけど、七海さんが会社員時代に使ってたアラームを五条さんから教えてもらって、それ流したら猫の後ろにきゅうり置いたみたいに起きた』
「……新婚のイベントかと思ったけど全然違うじゃない」
『ギャップが面白いという話で』
「ちなみにアラーム音ってどういう音なの」
『七海さんの会社員時代の元上司が鼻歌でいつも歌ってたアイドルソング』
じゃあ、パーティお邪魔させてもらうね。差し入れ持っていきます。そう告げて通話は切れた。
「……寝具贈る時にシーツを男女別々に準備しなくていいことは分かったわね。っていうか脱サラ?情報多すぎるんだけど」
「まあ、1番ありがたい言葉はもらったし。食えないもんあったら、俺が食うよ」

“何を食べるかより、誰と食べるか”

何を用意しても、2人なら喜んでくれるだろう。後はその言葉に対してどれだけ自分達が真摯に取り組めるかだ。
「…とりあえず、目星つけた店に今から下見行くか。そろそろ行かないと全店回れないぞ」
伏黒が立ち上がると、2人も立ち上がった。
「そうね。じゃ、領収書、切って切って、切りまくるわよ」
「おう。目指せ100枚」

2020-01-13 お題作品
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