起きてすぐ飛び込んできた、美しいかんばせをじっと見つめてしまった。長い睫毛、すらりと通った鼻筋、いつも不敵な笑みをたたえている口元は今は小さく寝息を立てている。髪はすべて後ろでゆるく三つ編みにして、まるで波紋のように彼女の周りに散らばっていた。

美しい人は学のない者を詩人にさせてしまうのだ。冥さんは脳に効く。でも最近のツイン、ベッド近いなあ。冥さんを起こさないようにゆっくりと体を起こすと、なぜか彼女にかかっている布団もめくれて、形のいい眉が少し動く。
やっと気がつく。右を見ると、無人の未使用のベッドがあった。隣で寝てるのは…
「冥さんじゃん!!」
心が乱気流に入ったかのように揺れ、ビリビリと体が震える。冥さんと同じベッドで寝ている。1級昇級任務と同じくらいの緊張が体をかけ巡る。驚いたはずみでベッドとベッドの隙間に転げ落ちる。絨毯が柔らかいおかげで無傷で済んだが、また目に入った状況に頭がパンクしそうになる。私、上下、下着姿だ。黒の総レース。こんなたかそうな下着は持ってない。冥さんの間違えて着た?いや冥さんとブラのサイズが全然違うから絶対違う。というかその前になぜ服を着ていない。下着で寝る習慣はない。冥さんと寝ようなんて度胸もない。
混乱で頭がぼーっとしてきた。無意識に動いた手が、一緒に落ちたスマホにぶつかる。「ホテル 知らない下着 寝起き」で検索すると「ホテルデート 大人の嗜み」という記事が出てきた。今の私は大人の嗜みからほど遠い。

「メイソンジャー?」
一昔前の流行グッズを呼ぶ声。布団がかき分けられる音がして、彼女はベッドの上から私を見下ろす。きれいな髪が数束、ベッドの上からこぼれ落ちて来た。
「……すみません、起こしましたね」
「実は1時間ほど前から目は覚めていたんだよ。あまりに君が見つめてくるから目を開けられなかっただけ」
気分はどうかな。と冥さんは私の頭を軽く撫でると去って行った。ベッド横のクローゼットが開く音がする。
「そんな姿でずっといるのはあまり体に良くない」
起き上がって、放ってもらった今日着る予定のワンピースをキャッチする。白いシャツに袖を通している冥さんの背中を見ると、シャツの下から見えるパンツは私が着ているものと全く同じだった。
「……えっ……んん………ま……?め、冥さん。わ、私たち、なんでお揃いの下着をきてるんですかね」
「……もしかして記憶がないの?」
酒に弱くはなかったよね?振り返った彼女が確かめるように首をかしげる。
「……えっ……?」
「ふむ……チャンポンさせたのがまずかったかな。そういえば君にあんなに色々飲ませたのは初めてだったし……昨日はやけに素直だったね。てっきりOKしてくれたと思ったんだけど」
「えっ…えっ…?」
昨日はディズニーシーを存分に楽しんだ。それは、はっきりしてる。ベッドに冥さんがつけてくれた耳がかけてあった。そのあとホテルに戻って…お風呂に入って…荷ほどきをして自分と冥さんの服をクローゼットに入れてる間に、冥さんが売店でお酒いっぱい買ってきてくれて、部屋飲みした。最近祓った呪いの話、高専の交流会の話、冥さんの臨時収入の話……。お酒もおつまみもなくなって……もう寝ようかって話してたら、冥さんがルームサービスのメニュー表を持ってきて……おつまみとワインと…この辺から記憶がない。白いシャツに黒いスカンツを履いた冥さんは、冷蔵庫に向かうと取り出したミネラルウォーターの蓋をひねる。パキッという音が無音の部屋に響いた。未だ下着姿で絨毯の上に座り込む私の方へ来ると、視線をあわせるようにしゃがみ込み、水を一口飲む。

「本当に覚えてないのかな」

冷たい冥さんの唇の感触が、耳の縁すれすれを通りすぎる。
「ガールズラブのトビラを開けた…?」
「……なまえ」
彼女は笑い、早く君が思い出せると嬉しい。と囁いて私にミネラルウォーターを握らせた。

2019.07.15
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