メッセージアプリに送られて来た写真を見て、任務帰りの送迎車の後部座席から落ちた。
冥さんが、普段は顔を隠す前髪の三つ編みをすべて後ろで編み、その顔をすべて晒している。さらには黒いロングドレスのような服から生足が眩しい短パンになって、板をかまえてる。混乱して新しい呪具のお披露目かと思ったが、これは、卓球。卓球ラケット。卓球ウェア。卓球ウェアの冥さんの自撮り写真。
送り主は何度確認しても冥さんだ。震える手で冥さんに電話をかけると、やぁ、という抑揚のない声が向こうから聞こえてくる。ありがとうジョブズ。クリアな音声をありがとう。車内でもすぐに好きな人と電話できる発明をありがとう。いやキャリア会社の方かもしれない。キャリア会社もありがとう。
「京都校で体育授業でもしたんですか!?」
「東堂君としたんだ」
「東堂くん!?と、卓球を?!いくら積まれたんですか!?え!?っていうか彼はアイドルにガチ恋してる人では!?」
「深い意味は無いさ。ただの暇つぶしにだよ」
「私ともやってくださいよ!」
「卓球がしたいのかい」
「いや卓球でも、テニスでも、スノボでも!なにかウェアがあるやつ!いやなくてもいいですけど!私も冥さんとなにかしたいです!!!」
冥さんは憧れの術師だ。私がこの世界に入るきっかけになった人でもある。
呪いに襲われ、怯える私の目の前で呪いを祓ったのが冥さん。その姿をみた途端に気絶した。恐怖に気絶したと言われているが、そんなことない。呪いを祓う冥さんの美しさ、助け起こしてくれたその姿、声色、所作、すべてに雷に撃たれたような衝撃を受け気絶したのだ。その後、彼女を追って高専に入り、今も昔も彼女は私の憧れの人だ。
「そんなに羨ましい?」
「羨ましいですよ……冥さんには……冥さんにはわからんのです……」
「金を払えばしてあげるよ」
「お金を払うのは全然いいんですけど……でも東堂くんはタダで冥さんと卓球したんですよね。それ東堂くんより私の方が冥さんの中でランクが下ってことですか?東堂くんはそれにアイドル一筋ですよ?私は冥さん一筋なのに」
「ランクか。面白いことを言うね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。フフッ……冗談だよ。泣くんじゃない、からかっただけさ。卓球くらい可愛い後輩の頼みだ。してあげよう。でも、金を払えばもっとすごいことをしてあげるよ」
楽しそうな冥さんの笑い声が鼓膜を震わす。
「金があったら、なまえは私と何がしたいかな?どこにだって行ってあげるし、なんだってしてあげるよ。性別の垣根も超えてあげよう」
「せ、性別の垣根を超えて…!?」
お金。なにもかもすっ飛ばして彼女との関係を持てるスーパーアイテム。冥さんが極度の守銭奴と知ってから、私の中で紙幣は冥さんの好きな紙というものになった。それからは冥さんを見習って、給料のほとんどを貯金に回している。
「……じゃあ……100万払うんで……」
「ほう」
「………………ディズニーシーで、耳つけてデートしてもらってもいいですか……」
「……」
「耳は……性別の垣根を超えて……シー限定のミッ●ーの帽子付きのやつで……」
「…………」
「すいません…100万じゃ足りないですかね。もちろん交通費、チケット代、飲食代、諸々にかかる費用は別にすべてこっちで持ちます」
「…………いや。十分な額だが、100万じゃ可愛い後輩から取り過ぎだな。ツインのホテル、1泊2日もつけてくれれば、20万で引き受けよう」
「えっ……えっ?!?!!!お安い!!?!!えっ嘘!!!!?!!!!!……まっ…お、お泊りあり?!」

30分後、後部座席で奇声を上げて長く気絶していたと新田さんに起こされた。
今日の任務の後遺症かと心配されたが、ひどく個人的な理由の奇声と気絶だと説明した。
新田さんには悪いことをしてしまった。彼女だって疲れているのに、不必要な心配をさせてしまった。お詫びに夕食でも奢ろうと思って、近くの店をさがすためにスマホを確認すると、メッセージアプリにスケジュール調整ツールのURLが『平日がいいな。人が少ない。』の一言と共に冥さんから来ていて、私はまた気絶した。

2019.06.24
- ナノ -