『https://www.●●.com 』12:35
『こういうの好き?』12:35

『https://www.▲▲.jp』15:30
『こういうのも』15:30

仕事に押され、遅めの昼食を取りながらスマホを確認すると、2回に分けて虎杖くんからメッセージが来ていた。
1つ目は大人気海外アクション映画の公式サイト。新作公開に合わせて金曜ロードショーで過去作品をバンバン流しているやつ。
2つ目は人気男性俳優が主演の邦画の公式サイト。バラエティで最近よく顔をみるなあと思っていたら、あれは告知出演だったのか。

『最初のアクションのが好き』
そう送ったが既読はつかない。授業中かな。
自分の高校時代の時間割を思い出しながら残った仕事をすすめると、定時はすぐだった。次々退社する上司の波がエレベーターをぎゅうぎゅうにするので、それが去ってから帰ろうと手持ち無沙汰でスマホを見ると『タダ券もらったから行きませんか』と謎の敬語返信が来ていた。
『いいですよ』と合わせて返すと、映画館の上映スケジュールのスクショが送られてくる。
明日金曜、レイトショー。開始時刻が20:45、終了時刻が22:45。23時以降は高校生は補導されるっつーの。何度も言ってるのに虎杖くんは聞かないな。
同じ映画館のスケジュールを確認し、明後日土曜の15:00開始のスクショを送ると『楽しみにしてます』とまた敬語で返信があった。……え、なに?アプリの乗っ取り?
念のため、この前プレゼントしてくれたボールペンの色を聞いてみたら、正解が返ってきたので本人のようだ。とりあえず待ち合わせ時間と場所を送ったら、既読がついたあと返事はなかった。
これ本当に虎杖くんか?隣の先輩に「タメ口で話してた子から、突然敬語のメッセージ来たら、なんでだと思います?」と聞いたら「乗っ取りか、緊張してるか、後ろめたいか?」と答えてくれた。乗っ取りの線が濃厚になってしまった。

▼ ▼

「虎杖くん以外の人が来たらどうしようかと思ってた」
「そりゃなんでまた」
「いやだって、変に敬語だったから」
待ち合わせ時間の10分前に待ち合わせ場所に行くと、壁によりかかって虎杖くんはちゃんといた。いつも真っ黒な制服を着ている虎杖くんは、今日は青いパーカーに黒いパンツのスポーティーな私服だった。よく似合ってる。
「パーカー好きなの?似合ってるもんね」
「そう?なまえさんに言われると嬉しい」
「ふふ。マジよ」
制服の時はよく分からなかったけど、体格だけなら大学生って言われても信じるくらいに鍛えあげられている。いつもより短い袖から見える腕は、骨にそって筋肉が盛り上がっていた。SASUKEとか得意そう。私もジム行こうかな……運動しないから、腕ひょろひょろだし。
虎杖くんは夏の間も冬服を着ていて、肌みえてたら怪我するからこれでいいって言うけど、警察でも夏服は半袖だぞ。なにやってんだろうと思っている間に、残暑も過ぎ、10月になっていた。

「やっぱ虎杖くんはパーカーだね」
制服にもパーカーを合わせてて、首周りなんてフードを出しやすいように改造されている。並々ならないパーカーへのこだわりがあるのだろう。
「パーカーじゃいつもすぎるから、別のにしろって先輩や友達に言われたんだけど、やっぱパーカーにしてよかった」
「友達になんて言って来たの?」
「……友達と遊ぶ」
「友達……」
「……友達、やだ?」
「ううん。なんか、こう、いい感じ。好き」
面と向かって友達って言われると照れる。久々に聞いた言葉だった。高校の頃は友達って自然とできたけど、高校出て、上京して、就職して、そこでできた関係はどんなに仲が良くても、会社の先輩・後輩・同期・違う部署の人・取引先の人って感じで、“友達”はまだ東京にはいない。大人になると友達を作るの難しいって聞いてたけど、まさか年下の友達ができるとは思ってなかった。
「その先輩が映画のタダ券くれて、なまえさんのこと前に話してたから一緒にいけばって」
「そっか、先輩さんにありがとうって伝えておいて欲しいな」
了解、と虎杖くんは笑う。映画館に向かうまでのエスカレーターで、その先輩の写真を見せてくれた。口元を隠したかわいい男の子、眼鏡に黒髪のモデルみたいな美人の子、それからパンダ。可愛くハートマークを指でつくってるパンダ。なんでパンダがいるのか聞いても、虎杖くんも首をかしげるだけだった。


ダウンライトに照らされている上演10分前の座席は、8割ほど埋まっていた。ポップコーンや飲み物の販売カウンターも、はぐれたらスマホ無しじゃ絶対に会えそうにないってくらい人が溢れていたし、さすが土曜のお昼の人気作。
「こんなに人がいる時間に来たの久しぶり」
「あんま映画とか見に来ないの?」
「そう。行っても、人が減った時期のレイトで行くから」
座席までの階段も混んでいて、足元を照らすライトが隠れてちょっと危ない。昇った段を上がった感覚だけで上がるしかないな。虎杖くんと1歩距離を離すと、急に彼は振り返った。
「タンマ!飲み物のトレイ貸して。暗いからなまえさん転けそう」
「転けないよ」
「夜に飯行くとき、いつもつまずいてる」
それは仕事上がりの疲労のせいだ。でも虎杖くんは私のトレイを取ると席の方へ歩きだす。真正面の席はかなり埋まっていたが、私達の席は左側の2列席なのですぐに座ることができた。席指定は虎杖くんがしてくれて、よく来るだけあって選び方が上手だな。
「トレイ、ありがとね」
「ん。なまえさん、チュロス派?」
「そー。ここのが1番モチモチしてて美味しい。ひとくちいる?」
まだ口をつけてないので差し出すと、虎杖くんは一瞬固まって噛み付いた。ひとくち小さいな、遠慮しちゃって。スマホの電源切ってバッグに入れて、チュロスをかじる。もう少しでライトもすべて落ちて上映が始まる。
アクション映画を見に来る層はカップルや友達同士が多くて、館内はざわついていた。夜だとこんな様子は見られないので、気分が上がってしまう。

「だれかと来たの、かなり久しぶり。多分小学生の時にじいちゃんと来た時以来かも」
コーラをすすって虎杖くんは呟いた。ポップコーンのバスケットを傾けられたので、3つ摘んで食べた。バターしょうゆ味、美味しい。
「そうなの?友達は?」
「映画館行ってくれるタイプじゃないなぁ。もし行ったとしても、全員趣味合わないからどれ誘うか迷う」
「じゃあ、また私と行く?土日になるけど」
こっちを見た虎杖くんと目が合った途端、ライトが落ちて真っ暗になる。大きなスクリーンが一際輝いて、映画泥棒の赤いライトが彼の目に映る。体のわりに童顔な顔立ちが一層幼くみえて、トラの赤ちゃんみたいで少し笑ってしまう。虎杖くんは何か言おうと口を開いたが『鑑賞中はお静かに』の台詞に遮られ、黙って前を向いた。

▼ ▼

上映が終わって映画館を出ると、外から差し込む外の光が眩しかった。
「面白かった!アクションすっげぇ!」
エンドロールが終わると「ごめん!急いで!」と手を引かれてショップまで連れていかれ、虎杖くんはパンフレットまで買ってしまった。
飛行機にはしがみつくし、バイクで飛ぶし、ビルから駆け下りるしで、大迫力の内容は映画館で見られてよかった。
「スタントの人すごいよねえ。それともCGかな?」
「あれ、スタント無しで本人がやってんだって」
「え!?すっご……さすがハリウッド」
「シリーズ通して主演の俳優がずっとスタント無しでやってんの。最近ビニテでバンジーしなきゃいけなかった時、あのシリーズ思い出しながらやったけど、やっぱ主演の人すげーわ」
「ビニテでバンジーしなきゃいけない時って何!?」
虎杖くんは笑うだけで、最後の1冊だったパンフを嬉しそうに眺めた。
明るい子なのに、ちょっと死んでたとか、話しぶりからしてかなり治安の良くない廃ビルに行ったとか、上司みたいな人がいるとか、普通の高校生らしくないことをたまにポロポロこぼすから怖い。そしてそれが10代にありがちな調子に乗った嘘じゃないという事が、彼に会うたびに伝わってくる人柄から解って、またそれが怖い。

スマホの電源を入れると、時間は17時半になろうとしていた。
「ちょっと早いけど夕飯食べて帰る?チケットのお礼に奢るね」
「さっきもそう言ってポップコーン奢ってくれたじゃん。でも飯は食いたい」
「……そういえばここ、前に虎杖くんが食べたがってたラーメン屋がリニューアルで入ってない?」
「ホント?行きたい」
フロアの店を検索していると「あっ!」と大声が上がる。聞いたことのない声のトーンに驚いて彼を見ると、大きな目をうろうろと左右に泳がせ、勢いよく頭を下げた。
「なまえさんごめん!高校に戻んないと。急に、にん……いや、先輩から、呼ばれてて」
「もしかして、チケットくれた子?」
「……そう」
「そっかー……ならしょうがない。駅まで送るね」
来た時と同じようにエスカレーターで降りていると、さっきまでの興奮が嘘みたいに虎杖くんはうなだれていた。ラーメン屋、人気出て店数増えてるみたいだよ、と声をかけても元気のない返事ばかりでテンションが戻らない。いくつか下った所で、ふっと彼の頭は右に逸れ、少し止まると呟いた。
「最近の映画、爆弾解除でワイヤー切るヤツ、やんないよね」
「どうしたの突然」
虎杖くんは、最上階から1階まで続く吹き抜けに降ろされている、細長い赤と青の広告を指差した。さっきみた映画に爆弾解除のシーンがあったせいで、確かにあの長い広告は映画のシーンあるあるの「あと3分で爆破するから赤か青どっちか切れ!」の導火線を思い出させる。
「たしかに。今日のも頭いい人がプログラム打ち込んで解除したね」
「そうそう。他にも解除のパスワード推理して入れたり、解除リモコンを戦って奪うのが増えてさ。使い古されたせいかな。結構アレ好きなんだよね」
「私も。爆破の方を切りそうだから絶対やりたくないけど。でも実際、あんなの出くわしたらどうしよう。切るより逃げた方がいいのかな」
「走って逃げるとか?大体3分設定多いから、結構離れられると思う」
「私は足遅いから無理かな。やっぱり切るしかないのか……」

エスカレーターを降りて駅へ足を向けると、ちょっといい?と急に虎杖くんに手を引かれて人目につかない壁の側に追いやられた。靴紐でも解けたかな?よく分からず立っていると、あの懐っこいトラの赤ちゃんみたいな虎杖くんの顔が急に近くなって、体が浮いた。私の、体がである。

「うん。いけんね」
はい、とすぐに地面に降ろされる。時間にして3秒くらいの一瞬に、私はお姫様抱っこされた。
「この前、友達抱えて走ったんだけど結構スピードだせたから。導火線切るより、俺がなまえさん抱えて走るから大丈夫」
「そ、そう」
現実を理解して、私が恥ずかしさで走り出しそうになった。友達抱えて走ったってなに?障害物競争?体育祭でもやったの?いや、今の高校生ってこういうこと普通にするの?いやいや、最近の高校生っていっても5年くらい前は私も高校生だったけど?いま考えたら5歳差、異性、成人と未成年の友達ってあり?大丈夫?なんかの条例でアレされない?
……落ち着こう。いろいろ頭の中を走り抜けたが、結局はいつも何かとモテるなこの子は……と思っていたのが、今日も発揮されただけだ。それより、電車がくる。
「じゃあ、俺、行くね」
「うん」
「急に帰んの……怒ってる?」
「怒ってなくて。その……抱き上げられて、ちょっとびっくりしただけ」
「そっか。ゴメン」
「いや、いいから。あとなんか、マリン系の匂い、なに」
「えー……多分、友達がくれた、制汗剤かな」
「な、なるほどね」
会話が続かなくて癖で腕を組むと、虎杖くんがちらりと私を見て眉を下げたので腕を解く。怒った感じに見えたら嫌だから。
「なまえさんを驚かせたかったわけじゃなくてさ、なんつーか…あの……」
虎杖くんは頭をかくと、うつむきがちに呟いた。
「いつも会うときは仕事帰りの服でお姉さんって感じだけど、今日はふわふわしてて軽そうだったから。爆弾の話とかしてたら、なんか心配になって」
じゃ!埋め合わせするんで!と、虎杖くんは逃げるようにまた90度のお辞儀をして走って行った。

ふわふわしてるよ。買ったはいいけど仕事には合わなくて、今日着た、裾がちょっとふわっとした可愛いロングスカート。でも今は頭の方がふわふわなんだよ。
スマホを取り出して震える手でメッセージを送る。

『ありがとうございます。今日は楽しかったです。お気をつけてお帰りください』

いつもみたいな言葉が全然出てこなくて、飲み会で酔って絡まれて迷惑をかけられた上司に形式上送った、お礼の文章みたいになった。
すぐに既読がついて、虎杖くんから『乗っ取られてる?』と返ってきた。男子高校生は遠慮がない。広辞苑に載せるべき。

2020-05-18
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