『夜ヒマ?』
『ですか?』
続けて来た2つのメッセージに「今日は私が行きたい店に行く」と返すと、しばらくして『りょ』とひと言だけ返事があった。高校生だなぁ。焼肉屋のポイントカードあったかなと財布を開くと中身が心もとないが、来週は給料日だし平気かな。

夕礼の後はすぐにパソコンを落として定時ダッシュをする。上司や先輩に捕まって、これから飲みに行こうという誘いに波風を立てないように断るエネルギー消費を避けるために、エレベーターではなく階段を駆け下りる。早足でビルを出て、待ち合わせ先の駅前の銅像に着くと、彼はいつもの黒い特徴的な制服を着て立っていた。
「なまえさんお疲れ」
「お疲れ〜。虎杖くん、暑くないのその制服。ずっと長袖着てない?」
「夏服ないからずっとコレなの」
「え?夏服ないの?入学した時に買うでしょ」
「俺、編入だし。……そういや普通に入学したヤツも夏服ないなぁ」
「どういう学校なの……あ、言ってたけど、今日は絶対私が行きたい店に行くから」
「……もうなまえさん忘れたと思ってた」
「だめ。3回分返す」
「だからそれいいって」
眉をハの字にさせて、お礼が欲しくて助けたわけじゃないよと呟く虎杖くんの手を引き、駅から少し離れた路地にある焼肉屋につれて行く。マジここ?と彼は目を輝かせた。食べ放題じゃない焼肉屋。男子高校生はみんなお肉が大好き。コレそろそろ広辞苑の男子高校生の欄に載せるべき。男子高校生の欄があるか知らないけど。

▼ ▼

高卒で会社に入った私は、未だに大学卒で入ってくる年上後輩との接し方が分からず、部内の飲み会を敬語で行くかタメ口で行くか迷った挙げ句、曖昧な言葉遣いで距離を縮めようとして失敗した。仲良しの課長と一緒に酒をあおり、二次会は遠慮してベロベロに酔っ払って現地解散。足取りふわふわのまま水を買おうと、コンビニのある方向へ足を向けた。

ここまでは記憶があり、次の記憶はコンビニのベンチで出会った見知らぬ学生の顔だった。
「おねーさんダイジョブ?」
「あ…?」
「ほら、コレ飲んで」
学生は紙袋から水を出した。言われるまま回らない頭で飲んでいると、液キャベも渡された。2本を交互に飲む欲張りスタイルでどちらも飲み干した後、なんでこんなもん持ってるんだよぉと絡むと、パチンコの景品もらって、お世話になる人にあげる予定だったらしい。
「制服でパチンコいくなよ。着替えな」
「そこなの?それよりおねーさん家どこ?こんな所いたらヤバいよ」
「んー、眠いし。凍死はないでしょ……」
「6月に凍死はそりゃ無いよ。ほら立って、肩貸すから」
「うわ筋肉すごい〜!!少年すごいな〜いくつ?」
「高1。おねーさんは?」
「にじゅういち〜!!!あ!その袋の中のチョコよこしなさいよ」
肩を貸されて歩いたけど結局彼におぶってもらって、家に帰る途中で酔いがさめて正気に戻った。飲み会で上手く行かなかったコミュニケーションのストレスを彼にぶつけていたらしく、おねーさん酔ってないと普通じゃん。チョコいる?と聞かれた。かわいい顔してえぐっていくスタイルかよ。しかしコミュニケーション能力が地に落ちた人間と話して住所を聞き出し、家まで連れ帰ってくれた彼はすごい。

お礼をしたいから別れ際に連絡先を聞き出し、後日食事を奢ろうと誘った。しかし彼は上手いこと支払いを先にしてしまうのだ。
そもそも店のチョイスが悪かった。虎杖くんの希望の店に行くと、私がお手洗いへ行ってる間に支払われたり、店長と虎杖くんが知り合いで、悠ちゃん男なんだから払わせてあげなよと説得されたりしてしまい、お返しができないまま今日で4回目の食事をむかえた。

▼ ▼

席に着くと隣からいいお肉の匂いがした。ペーパーエプロンを虎杖くんに渡すと、彼は待ちきれないとばかりにすぐにつけた。それでヨシ。ここのお肉はめちゃくちゃ美味しいんだから。
「虎杖くん、夏休みだったでしょ?全然ご飯行けなかったけど実家帰ってた?」
「んーー……死んでた」
「何じゃそりゃ」
ちょうど学生が夏休みに入った頃、虎杖くんに連絡しても『いまちょっと無理』『ごめん時間あったら連絡する』『絶対連絡するから待ってて』と誘いを断られた。その間に、こんないい店みつけちゃったからいいんだけど。
虎杖くんは笑うと、テーブルに置かれたメニューを広げた。めっちゃメニューあんね、と声が浮ついている。
「何食べたい?なんでもいいよ」
「俺なんでも好きだから逆に頼みにくいなー……なまえさんは?」
「私も肉なら……じゃあこの超極上肉盛りにする?」
「いいね!」
「店員さーん!ライス大ひとつ、ライス中ひとつ、超極上肉盛り3人前!!」
「え!ちょ!!高いよ」
「1 人前じゃ絶対足りないでしょ!いっぱい食べろ!!飲み物は!?遠慮しない!!」
「……コーラ!!」
「私も!コーラ2つお願いします!!あと彼に肉寿司を!」
「そんなバーみたいな」
申し訳なさそうにしていた虎杖くんだったが、お肉が来るとそんな表情は吹っ飛んだ。盛られた肉の前で、にくざんまい、と両手を広げ、魚からキレられそうなギャグを披露し、私が焼くそばからもりもり食べる。ライス、お肉、ライス、お肉、コーラと次々にお腹へ収まっていく。
「虎杖くん、ここライスおかわり無料だから」
「マジ?店員さんおかわりお願いします!!」
「よく食べるな〜」
「ネギだれウマいよ。最高」
頬を膨らませて食べるのかわいいな。高校生ってこんなに可愛かった?虎杖くんが可愛いので追加でたまごスープを頼むとすぐに運ばれて来る。
「焼肉屋のたまごスープってなんでこんなウマいんだろ」
「わかんない。神の汁よ」
「汁って」


1時間ちょっとで、2人前半が虎杖くんのお腹に収まった。彼のあまりに良い食べっぷりに、私はそんなに食べなくてもお腹が膨れた。新しいダイエット法になるわ。高いけど。
「ごちそうさまでした!」
米粒どころかコーラの氷1つ残っていない。気持ちの良い更地ができ上がっている。虎杖くんは私に拝むように手を合わせると、頭を下げ、やっと今日は私に払わせてくれた。
お会計は半端なかったが、しかし奢られたラーメン、天丼、中華の3回分を彼にきっちり返したのでお財布は軽いが、気持ちはすっきりした。

店を出ると外は真っ暗だった。そういえば高校生って夜中歩き回ったら補導されるんだっけ?お会計の時にもらったミントガムを虎杖くんに渡すと、彼はじっと私の顔を見た。目が大きくて、なんだか名前通りトラに似てるよね。
「なに?」
「これ」
彼のポケットから取り出されたのは細長い箱だった。焼肉屋の看板の明かりに照らすと、ちょっとよれたリボンまでかかってる。
「……なに?」
「誕生日おめでと」
「あ……?あ!!」
忘れてたの?と首をかしげられる。忘れてたわ。
「大人になってひとり暮らし始めると、誕生日なんて忘れちゃうの。祝ってくれる人もいないし」
「なんかごめん……」
「田舎から上京したらそんなもんだから……。あれ?誕生日言ってないよね?」
「最初に会った酔ってた時に教えてくれたよ。プレゼント募集中って」
「こわ……ごめん……もう馬鹿みたいに飲むのやめる」
「ソレはマジでやめた方が良い」
開けてもいい?と聞くと、虎杖くんは首を横に振って私の手をひいた。道の端にひっぱりこまれると、さっきまで私がいた所を我が物顔で何人もの酔っぱらいの集団が歩いていく。
「あんま場所良くないし、もう遅いから家で開けて。中身ボールペンだし」
「ネタバレじゃん。虎杖くんがボールペンを選んでくれるとは思わなかった」
「俺も誰かにボールペンやると思ってなかった」
「じゃあなんで」
「年上の女の人に何買っていいかわかんなくって、相談したらボールペン勧められた」
「まともだなー……相談された人。先生?」
「いや、……上司……みたいな人?」
「何言ってんだよ高校生」
虎杖くんはそのまま私の手を引くと、駅に向かって歩き出す。道で何人かの酔っぱらいとすれ違うが、会う度に彼はそっと私を自分の体の影に隠す。……モテるなこの子は……。駅前まで戻ると会社帰りの人々で賑わっていて、虎杖くんは手を離した。私と彼は帰る方向が逆なので、ここでお別れだ。
「じゃ、どこにも行かずに帰るんだよ。誕生日プレゼントありがとう。久しぶりに良い誕生日になった」
「……うん」
「……元気ないね?胃もたれ?」
虎杖くんは俯いていたが、ちらりと私を見ると、大きく深呼吸をしてバリバリと頭をかいた。忙しないな。胃薬がいるかと思ってバッグからポーチを出そうとすると、その手をつかまれる。
「なまえさん。……また一緒に、飯に行ってくれる?」
「……あ?!行く!!」
「え!?行ってくれんの!?」
「え?なに!?どっち!?」
虎杖くんは一瞬呆然とした顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「お礼の飯おごってくれたら、終わりかなって思ってた」
えっ。……もしかして、奢られたら終わりだと思って、この子奢ってたの?いや終わりだけど、終わりだけど……?そうだよねお礼だったから。終わりなんだけど。あれ……?なんで私は、行くって言っちゃったんだろう。
「じゃ!また連絡する!」
虎杖くんが背を向けて行ってしまう。驚いてしまって、言いたいことも聞きたいこともあるのに全く言葉が出てこない。
「い、虎杖くん!」
足があまりにも早くて、一気に50メートルくらい離れてしまった彼に叫ぶと、周りにいた人が何人かこっちを見て恥ずかしかったが、混乱した中ではコレしか出て来なかった。
「…死んじゃだめだよ!!」
「……押忍!!」
元気な返事が聞こえて、ちぎれんばかりに手を振られた。男子高校生は夜もびっくりするぐらい元気。これも広辞苑に載せるべき。

2020-02-15
- ナノ -