※高専のしくみ等を捏造しています

「このスカートとあっちのスカート、どっちがいいと思いますか」
七海さんが眉を顰める。うわコイツめんどくさと思われただろうか。いや違う。これは不愉快ではなく悩んでいる表情だ。でも悩ませて良かっただろうか?雑誌で読んだ「デートで彼氏がしたいこと10」の記事にあった「彼女の服を選びたい!」頼むから合っててほしい。

「両方似合うと思いますけど私は……その……あっちがタイプです」
「あっち買います」
七海さんの表情がふっと緩んで、楽しそうに微笑んでくれる。あの雑誌はこれからも買い続けよう。

事前に約束をすると任務が入って潰れることが続いたので、私達は直前に予定を決めることにした。
今日は任務が早めに終わって、秋冬服を買うために駅ビルをぶらついていたら「任務が終わりました。みょうじさんも終わっていたら落ち合いませんか」とメールがあって、駅ビルに来てもらって今に至る。これが1番ハズレがないのかもしれない。
七海さんが選んでくれたマーメイドスカートを購入すると、先に別のお店で買っていた荷物とまとめて1番大きなショッパーに入れてくれた店員さんが「外までお送りしますね」と先導してくれる。お店を出て受け取ろうとすると「持ちます」と七海さんがショッパーを引き取ってしまった。
同級生に七海さんと付き合うことになったと話した時「七海さんってなんかいつも顔怖いし、背も高いからめっちゃ怖いんだけどさあ、優しい?デートでなまえが重いもの持ってたら、重いんですか?持てない重さのモノ買わなきゃいいんじゃないですか?とか言わない?なまえ大丈夫?」と言っていたのを思い出した。いやすっっっごく優しい人だよと訂正したけど。
「七海さん、ちょっと写真撮っていいですか」
「……いいですよ」
「ありがとうございます!……撮れました」
「待ってください。なんで私だけ撮ったんですか」
2人で撮るのかと思って返事をしたんですけど、とちょっと怒っていたが今度もやっぱり楽しそうだった。写真は友人に証拠として送った。七海さんは優しい人だという事実は広まらなくてはいけない。

「七海さん、どこか寄りたい所あります?」
「カップが見たいです。ヒビが入っていたのでそろそろ買い換えたい」
「あの白いカップですか?実家から持って来たっていう」
七海さんが自室で使ってるシンプルな円柱型のマグカップ、割れてしまったのか。柄や特別な装飾はないけど、安物じゃないことは一目で分かるカッコいいカップで、七海さんによく似合っていた。
「長く使っていたので寿命でしょうね」
「伊勢丹行かなくていいですか?」
「みょうじさんは私が私物を全部伊勢丹で買ってると思ってませんか?」
「わりと……大体いいものなので……」
「両親はそうでしたけど、私はそこまでではないです」
「えー……うそお」
七海さんは静かに私の頭にチョップした。もちろん痛くはなくてただの接触レベルだけど、七海さんはこういうことを灰原さんにしかしなかったので嬉しい。
「そういえば私1人でぶらぶらしてるときに、上のカフェで見たマグカップが七海さんの好きそうな感じでした」
「見に行ってみましょうか」

上階のレストランフロアはランチと夕食の間の微妙な時間のせいか、買い物疲れを癒やしに来た人たちでカフェが賑わっていた。
今日は帰寮したら来週のテストに向けて、七海さんに英語を見てもらう。その時に食べるお菓子を買おうと探しに来て、意図せず見つけたマグカップは「白 ラスト1点」の札が貼られたままそこにあった。カフェのオリジナル商品というわけではなく店がセレクトしているみたいで、読めない言語の説明が載った箱に入れられたシンプルだけどデザイン性がきちんとある所が七海さんのマグカップによく似ていた。
「いいですね」
取っ手が丸くなくて角ばっているところもなんだかいい。七海さんは1周回して見ると「これにします」と即決した。
「他のお店見なくていいんですか?」
「えぇ、これが1番気に入るのはもう分かっていますから」
カウンターから接客に出てきた店員さんと目があう。七海さんが買うことを告げると「もう1色ありますけどいかがですか?」と商品棚の奥から柔らかい淡いベージュのマグカップを出してくれた。元々5色あったらしいのだが、売り切れて今この2つだけが残っているらしい。
「そっちも可愛いですね。どっちにします?」
「両方買います」
「どっちも!?」
相当気に入ってくれたみたいで嬉しいけどカップ2個……いやカップって結構割るし、もう1個ほしい時はある。カップスープとお茶が両方飲みたいときとか。

店を後にするともう帰らないといけない時間だった。ここ最近全然勉強ができていなかったので、昨日の小テストは最悪だった。もし定期試験で赤点を複数取っても、一般校と違って補習も留年もない。でも学生は上下の垣根なく呪術師志望と補助監督志望でまとめて扱われているので「●年の××の点数がやばいから、みんなで面倒みろよ」と先生達からバラされるらしい。ものすごく恥ずかしい。私は今のところ赤点はないが今回はマズイ。七海さんが英語が得意でよかった。
「七海さんは苦手な科目ってあるんですか?」
「特に無いですが高専の学習レベルは、センター試験で8割を取れるレベルを目標としているらしいので、本腰を入れて勉強をすればあるのかもしれません。みょうじさんは英語だけですか」
「古典とか地理とか暗記系科目が苦手ですね……赤点にはなりませんが。理系は大丈夫です」
「暗記は回数をこなせば何とかなりますから、数学や物理よりは対処の仕方がありますよ。文法は今日明日で何とかしましょう。……さっきのカップのベーシュの方は、私の部屋に来た時にみょうじさんが使ってください」
「いいんですか?カップスープ飲みながらお茶飲みたいときに困りません?」
「そういう状況が無いですね」
めちゃくちゃ怪訝な顔された。……無いんだ……。
「なんかすみません。買ってもらっちゃって」
「いえ、みょうじさんが使うものが私の部屋にあると、その……便利なので」
「私も七海さんが来てくれた時のためのカップ、買おうかな」
七海さんから返事は無かった。けど耳の縁が真っ赤だったので嫌なわけではないと思う。

▼ ▼

家入が寮に戻ると、みょうじが談話室のソファで英単語帳をめくっていた。彼女の横には大きなショッパーと手入れされた手斧がのぞく呪具バッグが置かれている。可愛い顔したなまえも現場では成人男性なんて軽くいなして、手斧を振り回してるんだなと改めて思った。
「硝子さん、お疲れ様です」
「お疲れー買い物行ったの?」
「はい、秋冬服を買いに」
「へー七海と?」
家入が尋ねると、みょうじは少し照れたように笑った。
「今度私とも行こうよ。服見たい」
「行きましょう!私も硝子さんとも行きたくて財布に余裕をもたせたので!」
「じゃあテスト終わったら行こう。そういえば七海は?」
「部屋の片付けされてます。七海さんの部屋で勉強見てもらうので。一旦19時までここで待ちです」

残り少ない学生時代で、七海を出し抜いてなまえと何回買い物に行けるんだろうかと家入はぼんやりとみょうじの隣に座って考える。仲のいい後輩に彼氏ができた寂しさや、学生時代の終わりが近づく感傷でもなく、単純にもっと長く、同性の後輩がいる高校生らしい学生時代が欲しかったなと、家入は少しだけ思う。
非日常が濃く長くなるに連れて、ただの日常が遠くなる。だから一般校から抜け出してきたような気性を持つみょうじを、家入は他の後輩よりも同性ということも相まって可愛がっていた。

「なまえがせめて七海とタメだったら、もうちょい遊べたのにね」
「硝子さんが戻ってきても高専にいますよ」
「そうだね。医師免、ぱっと取ってくるわ。買ったもの見せて」
「どうぞ、1つだけ七海さんが選んでくれたのがあるんですよ」
「マジ?アイツが?何基準で選んでくれたの?」
「確か、そっちの方が好みってことで選んでくれました」
「へぇー。七海はホントなまえのこと好きだな。アイツそういう質問されても「持ってない方にしたらいいんじゃないですか」って絶対自分の好みで選ばないからな。喋り方も3段階くらいあってさ、全然知らない他人向けのゴリゴリの敬語と、私や五条とかちょっと知ってる人向けの丁寧語、最後が灰原とか気を許してる相手にだけのちょっと砕けた丁寧語。今、なまえは多分最後のなんじゃね?」
「あー……確かに。最近砕けてくれて嬉しいです」
「お、服全部可愛いじゃん」

家入が七海の好みで買ったという服を当てようとした時、寮に五条と夜蛾が入ってきた。
みょうじの顔が強ばる。販売員の捕縛から2週間が経とうとしているのに、移送と刑について一切音沙汰がなかったからだ。彼女の予想は当たり、夜蛾はみょうじの向かいに座ってから口を開いた。

「販売員の京都への移送が決まった。再来週の土曜だ。刑罰は永久拘束で確定だ」
「もう京都に言ったらそこで一生拘束ですか?」みょうじが尋ねる。
「ああ。まあ東京と京都の行き来くらいはあるかもしれんが、自由のある人間として外にでることは絶対にない」
「にしても遅くないですか?やったことなんて上がってんのに」五条がため息をつく。
「販売員の術式性能のテストや、自宅にあった呪具の調査、それに付随した被害者の特定などに時間がかかっているようだ。移送までの間、なまえが以前から聞きたかったことを俺が代わりに質問できる機会をもらった。……販売員への質問は俺に任せてくれないか」
「……私が会って聞くのは難しいですか」
「あぁ、やはり被害者を直接会わせるのは禁止された」
みょうじは黙って頷く。報復を想定して許可が降りない可能性があることは、薄々分かっていたからだ。
「質問内容に制限はありますか?」
「特に無い。ただ質問・回答共に文書で上にも共有することは義務としてある。他人に知られても問題ない内容がいいだろう」
「大丈夫です。“売りつけた呪具を牢にいる状態で、無害な品に戻すことはできるか”を知りたいです」
夜蛾の表情は少し険しくなり、返事に少し間があったが、はっきりと「分かった」と承諾した。自分と同じ目にあってほしくないという願いは、この世界では往々にして叶わないからだが、それ以上をみょうじに伝えるのはあまりに忍びなかった。

販売員が呪具の販売を行っていたのは、品に付与した能力の固着し、呪具として完成させるためだった、と自白が取れている。
販売員の術式は、既存の品に術式によって能力を付与し疑似呪具を作成できるが、販売員本人の腕の低さから品に付与した能力は1度しか使えない。いわば使い切りの呪具の作成能力だった。
そこで販売員は「作った呪具を販売し、購入者に使用させ、その後販売員へ返却させる」という面倒な過程を踏むことで品に能力を固着させ、呪具として完成させていた。
それでも付与できる能力は一線で戦う呪術師にとっては実用性の薄いものだが、後方支援や攻撃術式を持たない術師、また特に非術師達には高値でも欲しがるレベルのものだった。
実際に先日、座宇尾学園高校で起きた事件の犯人の自宅からみょうじが回収した呪具は、完成過程のものだった。「設定した場所をトレーの場、声を上げている人間を魚の玩具に見立て、呪具所有者が付属の釣り竿で魚を釣り上げることで、見立てられた人間の舌を負傷させる」という呪具だった。
販売員から買った犯人の動機は「部活をする学生の声がずっと五月蠅かった。我慢できず、痛めつけてやりたかった」というもので、呪具はうってつけだった。
日常の不平不満に対処できる呪具はよく売れるため、優先的に作成し、販売したという。販売員の手元には完成した100を超える呪具があったと、報告が上がっていた。

「面会を申し込んでおく。なまえ、今は中間試験を頑張れよ」
みょうじは「あー……」と間抜けな声をだした。夜蛾が出ていくと、彼がいなくなったソファに五条が腰掛ける。
「これでまあ、みょうじの件は一段落か?」
「はい。おふたりには長いことお気遣いを頂き、本当にありがとうございました」
「まー、長いって言っても実働全然なかったけどな。呪具探しもオマエがやっちゃったし。お礼にマックパシリ100回でいいよ。
「り、了解です」
「冗談。5回な」五条は開いた手のひらをひらひらと振った。
「ところで五条さんに見てもらいたいものがあるんですけど」

みょうじが武器バッグから出したのは、きっかけになった事件の時にできた包丁だった。切っ先が硬いものに思い切り突き立てられたのに、硬さに負けて折れ曲がったようにひしゃげ、残った刃は持ち運びのためにすべてみょうじ自身が潰したものである。
「最近、これに妙な握りごたえというか、違和感があって。なにか変わってませんか」
五条が受け取ってサングラスを外す。青い目が談話室の光を吸い込むように輝く。
「いや?前と変わらずみょうじの呪力しかないな。ただ前よりかなり呪力が溜まってる」
「これに呪力が溜まってるんですか?」
「多分これ使ってオマエの術式で探知した回数分、呪力が溜まってんじゃねえの?……しかし前に見たときよりかなり増えてるけど、なんかしたか?」
「販売員が見つかるまで探知したりしなかったりで、最近もまた試しに何回もしました。けどそれ以外は特に」
「それに最近成長した感じするけどな。前よりかなり淀みなく呪力が回せてるし、呪力も増えてる。なんかあった?」
「黒閃を出しましたよ」

声の主は七海だった。階段を降りながらそう言うと、ソファ側までやってきてみょうじの側に立つ。
「そのせいか。その包丁の違和感に気づけるようになったのも成長の一環かもな。なんか新技覚えた?」
「そんなポケモンみたいに。特になにも変わってない……ですね」
「七海は黒閃出した後に技増えたよな」
「まあ、はい。ただみょうじさんは最近予定より早く任務を終えていますから、無自覚でも強くなっている気はします。じゃあ、私達は勉強をしますので失礼します」七海がみょうじに視線を送る。
「マック5回パシるのより、オマエらのデート観戦させてもらうのじゃダメ?」
「ダメです」
「絶対に嫌です」

2人が七海の部屋に向かって行くと、ずっと無言だった家入が携帯を操作しながら口を開いた。
「五条って再来週の移送に付き合うの?」
「いや?俺任務だし。それよりみょうじには硝子がついてやっててよ、たしか七海も任務だしさ」
「それは勿論だけどさ」
家入が斜め上を見ながら言葉を濁した。こういうときは必ず深く考え事をしていると五条は知っている。
「なんか気になることでもあんの」
「具体的にはないけど。じゃあ部屋戻るわ。おやすみー」
そう言って家入は席を立ち、階段を上る。
家入の寮室がある階の廊下は真っ暗だった。今日は数少ない女子の後輩はみんな出払っていたと思い出す。唯一いるみょうじは七海の部屋に向かい、この階には来ていない。
みょうじの学年が入ってくるまでは、この廊下の電気をつけるのも消すのも家入だけで、彼女は面倒くさがっていつも廊下は真っ暗だった。しかし今はみょうじがつけてくれているので、ほぼ常に明るい。
明かりがついていると出迎えられている気がして、それがありたがい夜もあった。
家入はそう考えながら、開いたまま持っていた携帯の送信ボタンを押す。返信が来るか確かめるのは明日にすることにした。今日はとにかく、みょうじと再来週にどこに行こうか検討することにする。



差出人 家入硝子
宛先  夏油傑
件名  (無題)
本文  メアド生きてる?新宿での借り返せ

2023-10-08
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