「みして!……エロい!このスキニーは駄目!戻って!」
「ダメ出しが早い!」
任務後に五条とランチの約束をしていたのだが、任務中に服に派手に泥がついた。いつもなら着替えを車に積んでいるが、朝イチの任務が急遽人命救助付きになり、救助者の血が染み、そこで1回着替えてしまってもう替えがない。
動くたびに泥が落ちる服をはたいて、五条に服を買って着替えて行くから30分ほど待っててくれと電話で伝えると、待ち合わせ先の雑踏の声混じりに、じゃあ僕もついて行って最高のコーディネートしてあげると言い出すので任せたらこれだ。五条の選んだスキニーを試着してみたが、試着室の向こうへ速攻戻された。
「似合ってはいるの?」
「そりゃ僕が見立てたから。あ、上にこういうの着てくれればいいかも」
しばらくして、ぬっと中に入ってきた手が暗めのグレーのセーターを渡してくる。
「これ五条が着てるやつじゃない?あのチクチクしないやつ」
「そ。色違いのやつ。セーターならメンズでも別にいいでしょ。オーバーサイズの方が可愛いよ」
五条が着ると大体高く見えるけど、意外と手の出しやすい値段だった。着てみると腰回りと腕のラインがなだらかに膨らむ。
「どうかな〜」
カーテンを引くと、外のベンチソファに座っていた五条の足はソファから大きくはみ出していた。この足の長さ、何度見てもたまに脳がバグを起こしそうになる。
「似合ってる似合ってる。さすが僕。あとは同じジャケット着ればお揃い」
「五条悟スタイルは荷が重いから遠慮しとくよ」
「えー。……まぁいいか。じゃ、予定通り食事にしよう。この近くに七海から教えてもらった美味しい店があるんだよね」
「七海くんさすがだなぁ。もうリサーチ済みなのか」
「いや、ここで褒められるのは情報を引き出した僕であるべきでしょ」
「さすが〜最高の後輩だよ」
後で七海くんに謝罪メール送っとこう。試着室を出て会計をしている間に、カウンター横にあった小物の棚からサングラスをみつけた五条は、こっち、と雑な気の引き方をすると私の顔に1発でサングラスをかける。
「……サングラス、なまえ先輩に似合わないね。なんでかな」
「顔がいい人はどのフレームでも似合うから……」
そう言うと、え、似合わないフレームとかあるの?という顔をされた。そういう所だぞ。



「小腹すいた」
「もう?!」
「もう。コンビニ入ろう」
食事を終えて高専最寄り駅まで戻ると、コンビニに連れ込まれた。
つい1時間ほど前にパエリアとパフェを食べたのに、もうお腹へってるのか。私は軽めに取ったのでまあ入るには入るのだが、彼は体の燃費が高専の頃から変わっていない気がする。
五条はレジ横のホットスナックコーナーに行くと、ぬくぬくと保温されている肉まんを品定めする。棚の高さと目線があわないので、かがみ込む所がちょっとかわいいが、周りの部活帰りっぽい他校の学生達からは明らかにその存在はビビられている。
「先輩も食べるでしょ」
「んー、じゃあデザートにあんまんを」
「じゃあ僕は胡麻あんまんと、肉まんにしようかな」
保温器の中で温まっている白とグレーのあんまんを見ていると、パンダくんがふと頭の中をよぎる。
来年1年として入学する予定だが大丈夫だろうか。同年代の子とふれ合いがないのが心配だ。真希ちゃんと狗巻家の子と同級生になると聞いているが、性格から推測するに真希ちゃんと相性は悪くないはずだが……狗巻の子はどんな子かな……。
内外の寒暖差で頭がぼんやりしていると、ポケットに入れているスマホが震えた。
「ゴメン、電話きたからちょっと出ていい?」
「いいよ。買っとくから外で待ってて」
おそらく肉まんを、ちょっと高いのか、安いのにするのか迷っているのだろう。単純に値段ではなく、それぞれに違った風味と味があるから選べないのだ。肉の切り方とサイズ、味付け、食材の甘み、皮の厚み。私は安い方が好きだ。

外に出たが、コール音は切れてしまった。発信元を確認すると伊地知くん。あ、これは気を使われたな……。折り返すと、少し震えた小声で、五条さんそこにいます?と最初に聞かれるので、いるけどコンビニの中と外と返せば、2人で外出と忘れていて……と大きく声が震えた。
「下の駅まで戻ってきてるから、帰り次第そっちに寄るよ」
『助かります。出張費の返金をしますので』
「了解です。ありがとう。後でね」
電話を切ると、タイミングよく学生たちの波にまぎれて五条が出てきた。ぷらぷらと手元で揺れているビニール袋は小さく、逆の腕にはなぜかさっきまでなかった大きなダンボール箱を持っている。
「あんまんしかない」
「えっ……」
「学生に買われた……」
明らかにしょげた様子で袋を突き出されると、食欲は一気に消えていく。この辺りもなかなか栄えたな。昔は辺鄙だったから、肉まんがまだできあがってないことは多々あったけど、他の学生に買われて売り切れることなんてなかった。
「タイミング悪かったね……いや……いいよ。五条食べなよ……」
「いやいいよ。なまえ先輩が食べるやつだったじゃん。食べなよ」
「いいよ、そんなお腹減ってないし」
「……じゃあひとくち」
「待て。ひとくちって具体的に何センチだ?」
「今の会話の流れでそのセリフ言う?」
「いや、ひとくちあげるっていったら、半分以上食べられて、食べすぎ〜とかいうノリを求められそうだったので」
「僕たちの冬の風物詩だったでしょ」
「高専までだな……もう学習した…………冗談冗談。半分以上食べて食べて」
そんなあからさまに悲しそうな顔しなくても。まあ高専出てもやってるんだよね。もう何度も。受け取った袋からあんまんを取り出して、ビニールの包装をむき、底の紙をはがしてあんまんを五条の口元に近づけると、大きく口を開けてあんまんをさらっていった。中から出てきた餡の湯気でサングラスが白く曇る。
「熱くないの」
「あふくない」
「水買って来ようか?」
「その手の中の残り半分をもらえれば治る気がする」
「あはは」
残り半分も口元に近づけると、ふたくちめ、みくちめと私にあんまんを握らせたまま五条は平らげていく。手の中の柔らかくて温かいものは
あっという間になくなって、包んでいるビニールごしに五条の形のいい歯や舌があたって、ちょっとこそばゆい。
「ごちそうさま」
「お腹落ち着いた?」
「うん」
ビニールを丸めてゴミ袋に入れる前に、添えられていた他のコンビニよりもちょっと厚めのウェットティッシュを五条に渡すと、理解したのか口元をぬぐった。
「はー……高専に戻るか」
「ところでその大きいダンボール何?荷物引き取ったの?」
「ああ、そう。コンビニ受け取りにしてた、僕が着てるアウターのレディースのMサイズ」
「えっ……まさか!?」

2019-11-18 お題作品
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