そのモノの話の前に、五条とモノについて話させてほしい。そうじゃないとなかなかうまく伝わらない気がするから。
出会った頃から五条悟という人はモノを買うと決めるのがとんでもなく速くて、予算なんてあってないようなものだから、目に入った一瞬で「アレ買おうかな」と言ったりする。
そう言ったときは取り寄せないと無いとか、家に入らないとか、裾が笑えるほど足りないとかじゃない限りほぼ100%買う。それでいてあんななのにモノを人に選んでもらうことが好きだ。余談だけど買う以外、行動についてもわりと人の意見を聞いてきたりする。黒か白、アーモンドホイップか抹茶チョコ、右か左、呪詛師は蹴るか殴るか、どっちがいい?とかね。意外だろ?ホントだよ。最後のは自分で決めてほしいね。

でも実は五条はモノをゼロから選ぶのが苦手なんだ。ずっと「前に買ったものと似たもの」をリピートし続けている。黒のパンツ、白のシャツ、グレーのジャケット、黒いブルゾン、オフホワイトのニット。自発的に初めて買うものを「アレ買おうかな」するのはまず無い。ずっと行ってるセレクトショップでずっとセレクトされたまま買ってる。新しいアイテムの幅をそこで増やしてる。
うーん……理由は分からないけど、モノに執着がないせいで新しいものに手を出すことへ興味がないのかもしれない。あと大体何着ても様になるから苦手がなくてしっかりした好みが無いのかもね。例えばパフスリーブを着たら太って見えるとか、オーバーサイズは服に着られるとか、人によって絶対着ないものってあるけど、それが無いから好き嫌いがあんまり生まれないんだと思う。
あと学生時代に夏油から聞いたけど、外商が五条家に好きそうなもの持ってきてくれてたから、ぶらぶらと街でアテもなくモノを見て楽しむという経験がほとんどなかったらしい。だから高専に入って五条と同級生で街に遊びに行って「なんで何も買わねえのに街に出んの?」と言われたらしい。だからアレ似合うんじゃ?コレ似合うんじゃ?それチンピラみたいだからやめとけとか、色々触って見る楽しさを教えたのが傑だね。今考えると人に選んでもらうことが好きなのってこういう風に声かけしたせいかもしれない。私が一緒に行くようになったころはもう選ばれ好きになってたから。

でもって本題なんだけど、五条が持ってるモノで1番好きなのは大きいナイロンバッグだね。
みたことないかな。たまにそれに大物呪物収納して校内を歩いてたりする。手で持つだけの短いハンドルと斜めがけ用のショルダーテープがついてる。そうそう、あの円柱形のフィットネスバッグみたいなの。あれ、そう。あれ生地はフニャフニャだけどすごく丈夫でさ。どんな重いものいれても大丈夫らしいよ。刃物系も封じておけば貫通しないくらい頑丈なんだって。市販品なのにすごいね。
五条が出張で呪詛師手製の人形を回収に行った時、聞いてた話はリカちゃん人形くらいだったのに実際は薬局の前にあるオレンジの象。……なんだっけ、そうそう。サトちゃんくらいの大きさがあって、急遽バッグにいれて移動しなきゃいけなくなって買ったらしい。
必要にかられて新しいものを買うっていうのが五条にとって久しぶりで、本人は何も気負わずに買ったんだろうけど……それ持ってる歩いてるときは斜めがけにして、背中の方にバッグを回してるんだ。空にしてると五条の背中を覆うくらい大きくて……なんかいいんだよね。それ持ってる時。
本当に普通のただの大きいバッグなんだよ。どっかのメーカーのものではあるんだろうけど、ロゴもなにも入ってないシンプルな黒。ハイブラ品とかじゃない。でもなんか。それがいいんだ。それ持ってる五条の雰囲気が好きだな。だから、五条が持ってるモノで好きなのは、その大きいナイロンバッグ。

▼ ▼

という会話をしたことを思い出したと同時にくしゃみが出た。寒い、と誰かに聞かせる気なく呟いた言葉が拾われていて、風上の方に五条が立ってくれる。正直助かるので風よけにさせてもらったところで、首筋に突っ込まれた手がやけに熱い。
「うわ、冷た。なまえ先輩の首」
「五条に会うまでずっと外で雪かきしてたからね」
耳たぶを揉んでくる手をそのままにしていると最近切った髪を一房掴んで切り口を確かめるようにいじってくるが、今日は協力してもらってるので好きにさせておく。
久しぶりの東京の雪は平地にも2センチほどつもり、高専に食材を納入してくれる業者のトラックが山を登れなくなった。食堂のスタッフさんにダンボール3箱分を取りに行ってもらうのは酷すぎるので、私が下山しようとした所で五条と出会った。ダンボールの重さは問題ないが、問題は量である。この大雪で車はもちろん出せないので積載スペースは私の両手しかない。外で学生と雪合戦していた五条に協力を頼んだら快く引き受けてくれた。「今日は月に1回あるかないかの休みだけど良いよ」と快く。

「付き合わせてごめんね」
「いいよ。こんな天気だとどこ行っても何もないしね。それに謝られるより助かられる方がいいかな」
「助かる。すんごく」
そう言うと五条はサングラスを下げて青い目を細めた。
「それにしても店遠くない?さっきの八百屋とかで買えばいいんじゃないの?」
「だめだよ。業者さんは今日はウチだけじゃなくて他の所にも納品に行けてないだろうから損害は小さくしないとね。納入業者は大切にしないと」
ただでさえ少ない納入業者だ。減るとまた業者探しで伊地知くんとかの胃が絞られる。
「というか八百屋じゃ肉魚買えないでしょ」
「10代なんてさあ、こんな大雪の日に学校に野菜しか無いとか追い詰められないと野菜食べないでしょ。いい機会だよ」
「10代のバイタリティなら下山してラーメン行くよ。実際行ってただろ」
「そうだった」
下山して徒歩30分。駅近くにあるスーパーが買い出し場所である。こんな大雪でも店は開いていて、店先にはエプロンに軍手姿のスタッフさんがこんな大雪でも買い物に来る人々に呼び込みをしていた。この人たち、呪力回してないのに冬に強すぎないか?私はまたくしゃみが出た。
「奥さん!風邪にはネギいいよネギ!今年のは甘い!」
「あらそう?ネギいいの?」
私を奥さんと勘違いした店員さんの呼びかけを五条が横取りする。なんで取った。
「お!イケメンな奥さんやね!」
動じない。さすが365日大雪も開店の接客のプロ。
「ウチの奥さんかっこいいでしょう。ところですみません。こういう者ですが今日の納品分を取りに来ました」
こっちは呪術のプロだが名刺を会社員のように渡してしまう。店員さんは「あぁ!いつもありがとうございます。持ってくるんで」と足早にスーパーの中に入っていって、すぐに台車に乗ったダンボールを持ってきてくれた。
「ダンボールから出して持って帰ってもいいですか?」
「もちろんですよ!使ってください!」と枚数も数えずひとつかみ握ってきたであろう大量のビニール袋をもらった。それに野菜を詰め込んで、五条の背中にあるあのナイロンの巨大バッグに入れていく。野菜と果物はそっち、卵と肉魚は私が持つ。スタッフさんに挨拶をして外に出ると、雪は来た時よりは少しだけ弱くなっていた。
「なんか人増えてない?」
「そう言われれば。休業多いからみんな集まって来てるのかな」

店の前は賑わっていて、スーパーに続く道も混んで来てすれ違う人が多くなり、五条を先に歩かせる。なぜならさっき突然「慣れない東京の雪で転ぶ人のマネやります」と、雪の歩き方がわからずに歩いた結果、助けを求めて手を伸ばした先の同行者を道連れに転ぶ人のマネをされたからだ。同行者役として私を巻き込んで。そんな前科者に背後を取られたくない。
前を行く五条の背中を見つめる。広い背中に大きなバッグ、両手はポケットに突っ込んですこし猫背に前を歩く。
……そうだ、思い出した。美容室で読んだ雑誌の着回しコーデの「日曜日は彼氏の家にお泊りの前に、スーパーで一緒に買い出し」の写真。彼氏役のモデルが背負っていたバッグの雰囲気が五条がこのバッグを背負っていた感じと似ていたんだ。
その雰囲気が普通の、一般的な、ただの男性って感じで良くて。五条がこのナイロンバッグを背負った時にそのモデルが重なって見えていいなあと思ったんだ。
私、五条が普通の人に見えるのが好きなんだな。
確かにそうかもしれない。五条じゃない普通の悟だったら伊勢丹から外商されない。スーパーでおやつのお菓子を買うのは100円以下を1個までと言われるような家庭で、小中高と一般校に通った普通の悟。ただの普通の悟なら、100人呪い殺した人形をギリギリ日本の島から東京に運ぶ激ダル任務とかしなくていいし、月1の休みに特にすることがなくて仕事したり高専の狭い自室でぼんやりしなくていいし、そもそも地球にたった1人の六眼と無下限セットの呪術師じゃなきゃこんなにオーバーワークしなくていい。

「五条」
「なに?」
「呪術師じゃなかったら何の仕事してた?」
「それ僕が非術師って設定だよね。昔それ傑と話したわ」
「何だったの」
「芸能界。井上和香に会いたくて」
「はぁ」
ため息じゃない。はい、のぬるい返事の方。七海くんが良くするヤツ。
「今は違うかな」
「なに?私のお婿さん以外でね」
「なまえ先輩わかってる〜〜」
声色がわかりやすくぶりっ子になる。そういえばぶりっ子ってもう死語なのかな。
普通に生きてたら私以外の人間にたくさん出会えるので絶対私を選ばないだろう、と言うと話がそれるから黙っておく。
「じゃあ僕に指示してくるヤツがいない職業かな、主夫とか」
「経営者とかじゃないんだ」
「経営者は下にも客にも気を遣わないといけないから大変だよ。今と一緒だからやりたくないね」
「……じゃあ絶対しないなって職は?」
「それも傑と話した」
「何?」
「お笑い芸人」

五条は振り返って自分の掌印を立てて「トゥース!」と言ったが、異常に覇気があるのに似せる気がないその一発芸に思わず声が出るほど笑ってしまった。確かに他人を笑顔にすることなんて全く興味がなさそうだし、他人のセンスに評価されるのだってとんでもなく嫌いだ。M-1で自分たち以外に票を入れた審査員のボタンを勝手に変えに行って乱闘しそう。2人が興味がなくて大嫌いなことに型をとって作ったみたいにピッタリとハマる。
……寒いと変なことばかり考えてしまうのは、大体冬は劇的に悪いことばかり起きてきたせいだろう。もしもの話を考えるのはやめようとすると、笑いすぎて気管に入った唾液のせいで今にも死にそうな咳が止まらない。
変な風邪でもひいてるんじゃないかと怪訝な目で見てくる周りの視線から逃げるように、一緒になって笑う五条に「行こう」と声をかける。おい、五条まで気管に唾液いれるなよ。変な風邪が即座に伝染したみたいでより怪訝な視線が辛いが五条がツボったのがまた私にツボる。
……そういえば、好きなモノの話をした時に、ナイロンバッグは呪具を入れるとき以外はいつ使ってるんですかって聞かれて……私の家に買った食材を入れて来てくれたりって話して……呪具を入れたあと、五条はバッグの中身を毎回洗ってるんだろうか……。

2023-02-26
- ナノ -