※シリーズ主(卒業生)・五条(高専4年)

飲み物サービスのワゴンを押す客室乗務員さんにアップルジュースとコーヒーを頼むと、乗務員さんは私の肩を見て微笑んだ。
私の肩を遠慮なく枕にしている五条の頬に、飲みやすい冷たさのアップルジュースをくっつける。しばらくしてのろのろとカップを受け取り、口をつけた。
「サンキュ。あー……口ん中乾く……」
「客室乗務員さんに笑われてたよ」
「サングラスしてても機内の福利厚生になるとは」
飛行機を降りるまで1時間はあった。五条は毛布をかぶると、また肩に頭を預けてくる。
曇り空を抜けた上空は、機内に差し込む日光が地上より強くて眩しい。シェードを下ろしてコーヒーを胃に流し込む。
1年に1回あるかないかの五条との同県派遣任務。目的地は別だが、行きの飛行機は同じ。今回私は持っていく呪具が多く、五条が気を使って朝早くに家まで迎えに来てくれたので、ぐっすり眠らせてあげたい。大人しく機内誌を読みながら、空港で買っておいたコーヒーのキャップをひねった。

到着してすぐ、五条は空港の出口とは真逆の2階に行こうと誘ってきたので、てっきりスタバに寄りたいのかと思ったら、目もくれず奥にある寿司屋に直行した。
「寿司食べよう」
「え。フラペチーノじゃなくてお醤油で大丈夫?体調悪くならない?」
「中毒患者じゃないから。あとフラペチーノは寿司の後に飲む。ここ海が近いから絶対寿司美味いって」
「たしかに」
引き戸を開けて店に入ると、いらっしゃいませという優しい声に五条は指を2本立てる。
通されたカウンター席はビールセットでくつろぐサラリーマンや、あら汁や煮付けなどで地元の魚を楽しむ旅行客らしき先客でポツポツ埋まっていた。隣の客との間に1席あけて座ると、五条はさっそく置かれているメニュー表をめくった。

ウワ オスシ タカイ。さすが海の幸の県、東京よりは安いとはいえウニ1貫900円。普段あんまり食事にお金を割り当てないのでこれは緊張する。ウニは回るお寿司で食べよう。並が2,000円。これでもここなら十分美味しいだろう……。

「すみません、特上にぎり2つ〜」
「はいよ!お飲み物はお茶で?」
「先輩なんか飲む?」
「え!?いや!飲まないけど?!」
「お茶2つで」
「はい!松2、あがり2!」
あっという間に注文が通ってしまった。待って、1番高いやつじゃん。
「こら勝手に頼むな!」
小声で五条に言うと、ヘラヘラとお通しのもずく酢を啜られた。
「だって先輩ウニ好きじゃん。特上しかウニ入ってないよ」
「1貫で漫画2冊分するんだぞ!」
「初めて先輩が耳元で情熱的に囁いてくれたのがウニの値段……まあ6,000円くらい気にしないでしょ」
「そりゃ特級術師はね!?」
笑うだけで五条は悪いとは少しも思っていない。いや……そもそも金銭感覚が違うから仕方がないか……。もう注文通ったし、緊張は捨てて楽しもう……。それに特上はウニだけではなく、他にも地元の旬のネタが盛り込まれたものだ。ご当地ネタ盛り沢山。海老だって甘海老じゃなく、なんか頭ついてるタイプのやつ。
「しかしめずらしいよね。寿司とかさ」
五条とご飯に行くことは何度もあったが、寿司屋に行ったことはなかった。『10代で寿司屋』というハードルの問題ではない。なぜなら何度か五条に突然ふぐが食べたいといわれて、個室のふぐ屋に連れて行かれたことがあったからだ。もちろん味とか覚えてない。それでも基本、五条とはファミレスやファストフード、定食屋みたいなところばかり行っていたから。
「……この前飲み会あったじゃん。高専関係者と卒業生と、4年が集まったやつ」
「あったね」
「なまえ先輩が帰った後、御三家関係者と教師で寿司食べにいったの。高かったんだけどマズくて。せっかくのいいところの寿司なのに、ゴミ捨て場で食ってるような気分だった。だから仕切り直ししたいなと思ったら、先輩と移動が同じ任務がはいったからさ」
ほどなくして板前さんが寿司を出してくれた。ネタを見ただけでは白身がなんの魚が判断できない寿司素人の私でも、たまに食べる回るお寿司とはネタの鮮度も厚みも違うのがわかる。五条はさっさと1貫口に放り込むと、軽く咀嚼して飲み込んだ。
「やっぱこっちのほうが断然美味い」
「……五条、1番この中で好きなネタなに?」
「んー、海老」
「あげる」
「マジ?ありがと」
「五条が東京で食べたのも美味しかったはずだから、帰ったら食べに行こう。嫌な記憶は更新」
五条は笑うと、私の皿から海老を取って食べた。
「値段これの5倍だけど。奢ってね先輩」
語尾にハートが付きそうなおねだり声に、マグロの味が口の中から消えた。まあ。まあ、大丈夫。ボーナス、出るだろうし。

2019-10-22
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